「さ、もう行った方がいい。ミツキがこの城にいたことはあまり他の奴らの間には知られてないし、下で待ってる人たちもいるんでしょ?」
「そうだな…、ミツキ行こう。」
「うん…。」
光姫は名残惜しいような表情をする。できるなら一緒に砂漠を回れたら良かったのに。
「裏口から出てもいいけど、隠し扉はこっちからは閉められないんだよね。ここまで開いちゃってるし、入っていって中から閉めてもらえる?」
「ああ、分かった。」
ハイゼはそう言って開けかけた壁画の隠し扉を更に押し開けた。扉の向こうはヒンヤリとした空気が漂っている。サイフェルトは警護用に置かれていたランプを一つ取り光姫に手渡した。
「向こうの出口に着いたらそこに置いとけばいい。もちろん火を消してな。」
「うん、ありがとう。」
「行くぞ、ミツキ。」
ハイゼが呼ぶ。光姫は壁画の向こうに入って再度振り返った。ハイゼも中に入って扉を反対から閉める。光姫は無言のまま細くなっていく光の向こうを見つめていた。何度“ありがとう”を言っても足りないから、それなら涙を見せずに手を振っていたかった。どうしてもハイゼの手前、「またね」とは言えなかった。尤もそんなことで怒るようなハイゼでないことは重々分かっているけれど。
とうとう扉は完全に閉められた。仄かなランプの光だけが辺りを照らす。
「どこまで続いているんだろう…。」
「さぁな。とにかく出よう。俺が先を歩く。」
ハイゼは光姫の持つランプを受け取って歩き出した。光姫はその後を離れないように歩く。普段は知られない道のせいか、崖にただ穴を開けただけのような凸凹道が続いている。早くも何度か転びかけた光姫はハイゼのマントを掴んでいた。
「ハイゼ…あのね、」
「ん?」
ハイゼは振り向かずに言葉を促す。
「頭の怪我…もう平気?」
「あぁ、もうなんて事ない。」
「良かった…。…・・」
「…どうした?」
突然黙り込んだ光姫に少し歩くペースを落として尋ねた。
「あたしね、すごく悩んでたの…。どうするのが良かったんだろうって。あたしが勝手に離れてどう思ってるのかなってずっと考えてた。」
「…もういいよ。そんなに気にするな。」
「違うの、待って。最後まで言わせて。」
光姫はそう言ってハイゼのマントを少し引っ張って立ち止まらせた。ランプの光が小さく揺れる。
「あたし、ハイゼが来てくれてすごく嬉しかったの。いつか来てくれないかって考えてたんだと思う。だから…ありがとう。」
光姫は最後の言葉を半ばごまかした。“ありがとう”よりも伝えたい思いが芽生えていたのに気付いていながら。
「ミツキ…」
「あ、あれって外の光かな?」
光姫は青白く差し込む光を見つけて注意深く駆け出した。外に出られる喜びからじゃなくて、今は自分の言葉を恥ずかしがってハイゼの元を一旦離れるのが目的だった。
「ミツキ。」
そんなあたしをハイゼが呼ぶ。
「何?」
あたしは差し込む月明かりの中で振り返った。ハイゼは結んでいた髪を解きながら歩み寄った。暗がりから月明かりの下に出てきたハイゼは優しく微笑んでいた。伏目がちな表情があたしの鼓動を早める。
「ハイ…ゼ?」
ゆっくりとハイゼの腕があたしに回される。ハイゼの髪が頬に触れて、彼は少し屈み込むようにあたしを抱きしめている。
良かった…本当に。
ハイゼが耳元で囁く。あたしはハイゼの本音を初めて聞いた気がした。
「ハ…ハイゼ…。あたし…」
だけど最後まで言葉を続ける事は出来なかった。あたしは…あたしたちは唇を重ねていた。西海岸のあの部屋での時よりもずっと強く。自然と強張る気持ちはない。体も震えたりしない。ただ全てを委ねていたかった。ハイゼはより強くあたしを抱き寄せてくれる。言葉の不必要性を態度で示しているように。唇が離れて間近に見たハイゼのオレンジの瞳に、あたしはやっと自分の気持ちに気付いていた。