「お嬢!あぁ…良かった…!」
バザールで再び合流したあたしに料理長が駆け寄る。あれから崖下のテオさんたちに再会し、それからニロをうんと飛ばして2日がかりで戻ってこれた。ルベンズはそんなあたしを快く受け入れてくれた。
「料理長!ごめんなさい、心配かけ…わっ!」
駆け寄ってきた途端あたしは料理長に小さな子供の高い高いみたいに持ち上げられた。そしてその状態で3回転してあたしはやっと下ろしてもらえた。
「少し痩せたか?可哀想に。おいたんがまた沢山食わせてやるからな。」
料理長は半ば目を回しているあたしを優しく撫でる。
「料理長ってばミツキさんがいない間ずっと味付けがおかしかったんですよ。」
アルフが横から出てきて言葉を足す。
「そうだったの?」
「そりゃもう深刻に。」
アルフの言葉に光姫はふふっと柔和に笑った。
「アルフ、どうかした?」
彼はどこか元気がない。
「いや…その、ミツキさんが帰ってきて本当に良かったです。俺が…俺があんなことを教えたから…」
「アルフ、そんな風に思わないで。盗賊もいい人が多かったし、こうなることが良かったことなのよ、きっと。」
光姫の言葉にアルフはやっと持ち前の表情を取り戻した。
あたしはどんなにか恵まれていることだろう。ルベンズに合流した今、そう思わずにはいられない。この世界にいる意味の有無に関係なく、こうして会えたことが嬉しかった。何の力もスキルもないけれど、こんな風に心配して思っていてくれる人がいる喜びを、あたしは元の世界で感じたことはなかった。だけど…ちゃんと分かってもいるの、両親もあたしをきっとそんな風に見ていてくれてるってことが。いや、今になって分かったのかな…。ストレートに自らの心配を表してくれる人を間近に見て、両親を遠くから思い浮かべることで初めて気が付くこともある。この世界に来た意味の一つをあたしは見出した気がしていた。
「東への猶予はどのくらいになった?」
ハイゼがあたしの背後でルベンズの誰かと話している。
「これであと9日ほどです。すぐ発ちますか?」
尋ねられた方が聞き返す。確かに昼間の早い時間。このくらいにバザールを出発することもあった。
「…いや、やめとく。思っていたよりも早く戻ってこれたし、テオたちを休ませよう。」
ハイゼはそう言って黒いマントを脱ぐと、既に設営されていた自分のテントに入っていった。
「御頭、飯は?それとも寝んのか?」
「いや、食う。」
テントの中から返事が返る。声の感じを聞く限り着替えの最中だったみたいだ。
「あいさ。お嬢も一緒に食べな。」
「うん。手伝うわ。」
光姫は料理長の後について簡易の調理場に向かった。行く途中途中ですれ違うルベンズの皆が口々に“おかえり”と話しかけてくれた。
「お嬢はもううちの看板娘だな。まぁこんなに女の子が長く一緒にいるってのもなかったしな。」
「でもあたし何もしてないわ。」
「いんだよ。女の子はいるだけで空気を変える。それにお嬢は自分で思ってるほど非力じゃないよ。」
そう言ってまた料理長はあたしを撫でた。あたしには料理長の言葉が衝撃的だった。今まで生きているってことをなんて軽んじていたんだろう。ただ“いる”だけの生活を続けてきていた。もちろんそれは無気力とか憂鬱なものではなくて、誰もが感じるような無力感。自分の行い一つ一つに意味を見出そうともしなかった。この世界では気付いているにしろいないにしろ、全てに意味が課せられることで皆が精一杯生きてる、そんな感じ。それなら何故この世界が“本当”ではないのだろう。それはあたしの立場から見て、だけど。何か元の世界に影響を及ぼしているならいいのに。
「料理長。」
「ん?」
「ありがとう。」
「あいよ。」
料理長はまたニカッと気持ちのいい笑みを浮かべた。
思い返してみよう、ちゃんと今までのことを。何か帰るヒントが隠されていたかもしれない。あたしがこの世界で過ごしてきたのが無意味でないのなら、あたしは確実に一歩一歩近づいているはずなのだから。
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