「止まって。」

カルラはいい加減下りてきたところでハイゼを止まらせた。まだ螺旋階段の途中で、カルラは側面の壁を調べていた。

「ここが何なんだ?」

ハイゼはゆっくり光姫を降ろしながら尋ねる。

「ここが城の裏口に繋がる出口なの。そこから下は偽の階段さ。もし万が一暖炉脇の隠し通路が敵に見つかっても追っ手が迷うようにね。」

「へぇ…。」

あたしはただ感心するばかりだ。あたしが追っ手なら確かにこの階段を下まで下りてる。カルラはあたしがそんな風に考えている間に見つけにくいように作られた煉瓦の取っ手を見つけ出し、ほんの少しだけ開けた。薄暗いホールが見える。この位置からではよく見えないけど、誰かの話し声が微かに聞こえてくる。

「ランプの火、消して。あたしは別の出口からこのホールに出て警護の奴らを払う。合図を送るからそしたら正面の壁…壁画が見える?あそこに走って。壁画に描かれてる女の手の部分の石を押すとそのまま壁を押し開けて別の通路に入れる。その通路を道なりに進んでいけば崖の中腹に出られるから行きなさい。あたしは見て見ないフリをする。いい?あたしに構わず行くのよ。後のことはあたしが何とかする。」

カルラは最後にあたしに念押しした。

「うん、分かった。ありがとう、カルラ。」

あたしはカルラに抱きついた。カルラはそんなあたしの背中を軽くポンポンと叩いてくれた。

「じゃぁ御頭さん、あとは頼んだよ。」

「ああ。」

カルラはそれだけ言うと一度階段を上がっていって、どこかまた別の出口から出て行く音がした。ランプの消された螺旋階段は僅かに開いた隠し扉からほの暗い光が入ってくるだけだ。ハイゼも光姫も息を殺してその時を待つ。

 

 「カルラさん!どうかしたんですか?」

暫くして警護要員の声が響いてきた。どうやらカルラがこの目の前のホールに着いたようだ。

「あんたたちこそ何してんの?今日は月一の警護班の集まりの日でしょ?」

「は?でもまだ集合まで時間がありますが…」

「早く行くに越したことはないってことだよ。あたしが見ててあげるから行ってきな。」

「…カルラさん、ヒマなんですか?」

「…そういうこと。分かったらサッサと行く!」

カルラは冗談交じりの笑みを浮かべながら促した。カルラはきっとこの日を狙ってたんだ。ハイゼが来なくてもあたしをルベンズに帰そうと思っていたのかもしれない。

 

 警護していた男たちの足音が遠のいていく。カルラはそれを見送るようにあたしたちに背を向けて立っていたが、そっと後ろ手で走り抜けるように合図を送った。

「行け、ミツキ。」

いち早くその合図に気付いたハイゼがそっと背中を押して促す。その反対の手で石壁を押し開けながら。あたしはその隙間から飛び出して素早く向かい側の壁画に走りよった。お城によくあるような花に囲まれた聖母の壁画に近づく。手の部分を押せば扉が開く…!

「くっ…!」

光姫はそれを思しき煉瓦を押すけれどとても難い。僅かに数センチ奥に押し込めただけ。両手に全体重をかけても扉が開くには至らない。

「代われ。」

螺旋階段の出口を閉めてハイゼが追いつく。光姫は数歩後退りして場所を譲る。ハイゼが思いっきり鍵となる煉瓦を押すと、非常にゆっくりと石壁全体が動き始めた。だいぶ長い間使われてなかったのが分かる。でも…もう少しだ…!

 

「ミツキ!!」

不意にカルラの声が耳に入る。それと同時にあたしの右腕は誰かの強い力に引っ張られた。

「わっ…!」

あたしは押し殺したような小さな叫び声を上げた。

「サ…サイフェルト…」

いつの間にか現れていたサイフェルトが光姫の右手を掴んで自分の方へと引き寄せていた。ハイゼは扉を放置して振り返ると相手を睨み付けた。

「何してんだ?ミツキ」

サイフェルトはニコッと微笑みながら問う。笑みの向こうには強い威圧感がある。

「あ…あたしは…」

「カルラ、来い。ミツキを預かれ。」

「…はい。」

怯える光姫を萎縮するカルラに託す。光姫はふらつきながらカルラにすがった。孤城の裏口ホールには二人の男が向かい合っている。

「らしくねぇな、ハイゼ。キャラバンの御頭が不正取引か?」

サイフェルトが不敵な笑みを浮かべた。

「心配すんな、今日はキャラバンとは関係ない。」

「そのようだな…。」

二人はほぼ同時に剣の柄を掴んだ。

「ミツキは返してもらう。」

「はいどうぞ、って訳にはいかねぇな。今ミツキは俺たちの元にいる。盗賊としては合理的な理由でな。」

「それなら俺もその合理的な理由で連れて帰る。」

ハイゼは腰の帯びていた長剣を抜き、黒いマントを足元に脱ぎ捨てた。黒いマントの下はいつもの服よりももっと動きやすい丈の短い服を着ていた。サイフェルトも剣を抜く。それと同時に二人は互いに走りこんで最初の剣を交えた。砂漠での争いの時に聞いた音とはまったく違う、静かで澄んだ冷たい音が何回もホール中に響き渡る。

「あ…あ…。」

光姫は青ざめてカルラにしがみつきながらその様子を見ていた。あまりの衝撃に頭がぐらつく。

 

 ハイゼの振り下ろした剣をサイフェルトが弾き返し、屈みながらハイゼの懐に入り込む。しかしハイゼはそのサイフェルトの攻撃を後ろに跳ぶことで避け、体勢を整えると一足飛びでサイフェルトに剣を向けた。ギイィンッという音と共にサイフェルトはハイゼの剣を自らの剣で受けとめる。二人とも実力はほとんど同じ。光姫の分からないくらいそれぞれに剣が掠っているのか、小さなかすり傷をいつの間にか二人とも負っている。サイフェルトは受け止めていたハイゼの剣を力ずくで押し返してハイゼの体勢を崩すと、無防備になったハイゼの左半身を剣で突こうとした。あぁ…もうダメだ…!少しよろめいたハイゼに今のサイフェルトの攻撃を避けられるわけがない。もう見てられない!!

 光姫は思わずカルラの腕を盾に顔を背ける。だけど同時に予想に反して剣と剣の当たる音がした。

「やっと抜いたな。」

光姫は涙ぐむ目線を二人に戻した。ハイゼは左半身に向けられた剣を短剣で阻止していた。一体どこに隠し持っていたのだろうか。一度も見たことはなかったけれど、随分使い込まれているみたいだ。

「お前が一番得意としてんのは長さの違う剣による二刀流だからな。」

ハイゼはその言葉を無視するように睨み付けるが、サイフェルトは尚も続ける。

「確かにお前は強かったよ、あの頃はな。だが今はどうだ?!」

サイフェルトが一度剣を放し、再び攻防が始まる。剣が1本増えたことで、剣のぶつかり合う音も増えた。その音がするたびに光姫は震えていた。ハイゼにはもちろん勝って欲しい…でもサイフェルトの負ける姿は見たくないの。二刀流のハイゼは確かに一段と強かった。一刀で戦ってた時よりも、より連続的に剣を繰り出している。だからといってハイゼが優勢だとも言い切れない。サイフェルトはそれをすべて防いでいるのだから。

「あぁ…!」

光姫は思わず息を呑んだ。ハイゼの長剣が宙を舞い、やや離れたところにカランッと落ちる。一瞬動揺したハイゼの隙をついて、サイフェルトが長剣を振り下ろした。ハイゼはそれを短剣で辛うじて防ぐ。短剣の腹をもう一方の手で支えることで両手で受け止めていた。

「キャラバンで腕が鈍ったな。たとえお前が二刀でも負ける気がしねぇ。」

合わさった剣と剣がカチカチと震えた音を立てる。

「…確かにそうかもな。でも…」

ハイゼは両手で防いでいるのを逆手にとってサイフェルトを押し返すと、素早く懐に入り込み、みぞおちに肘鉄をくらわした。

「ゲホッ…ガハ…!」

サイフェルトが咳き込み、後退りしながらよろめく。暫くはまともに体勢を整えることもできないみたい。それだけ確実に強くヒットしたんだ。ハイゼはその間に落とした長剣を拾うと、サイフェルトに向き直って告げた。

「キャラバンが盗賊と違うのは、どんなに劣勢でも引くことはできないことさ。どんな手を使ってもな。」

ハイゼは少し息を切らせながらサイフェルトに近づいた。サイフェルトはまだ多少咳き込んでいるが、だいぶ落ち着いてきたようでゆっくりと体勢を起こした。

「…なるほど。だが何でもアリになったら有利になるのはこっちだぜ…。」

サイフェルトは再び剣を持ち強く一歩踏み出した。ハイゼもそれに応えるように二刀を構える。また攻防が始まろうとしたその時、光姫は横にいたカルラが走り出すのを感じでいた。

 

 

   

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