「ヒメ〜!!」

次の日の夕食にサイフェルトがいきなりやってきた。手にはしっかりと自分の分の食事を持っている。

「何その呼び方…。」

一緒にいたカルラが呆れたような表情を返す。

「お、聞けカルラ!俺は今度からミツキのことをヒメと呼ぶことにした!!」

「あぁそう…。」

カルラは勝手にしろという顔をしている。

「ミツキって“ヒカリのヒメ”って意味の名前なんだとさ。」

サイフェルトはそんなカルラにお構いなしに喋る。それと同時に広い部屋に置かれたテーブルの椅子に腰掛けながら。

「ふぅん…変わった意味ね。どこの国の言葉?」

「どこって…ここからは遠いところよ。」

「だからそれは具体的には?」

食事を取りながらカルラは光姫に強く突っ込む。光姫は一度持ち上げたフォークをまた皿の辺りに戻して俯く。

「お頭もいていい機会だし、そろそろ話しなよ。この前も言ったけど、話せないならいつまで経ってもこのままだよ。」

「…うん。」

確かにもう話さないとダメだよね…。ワガママは言ってられない。

 

 「カルラとサイフェルトは、別の世界って信じる?」

突然の光姫の質問に二人は一瞬間を空けた。

「別の世界?国とか大陸じゃなくて?」

ややあってカルラが口を開く。

「そう。」

「うーん…伝説の中なら信じるけどな。現実に存在するかといわれれば微妙だな。」

「…それがどうかしたの?」

「あたしはね…あたしは…」

心にぐっと力を込める。

「別の世界の人間なの。こことは違う世界からここに来たの。」

「は?」

カルラとサイフェルトの反応がシンクロした。決して信じていないといった反応ではなくて、唐突な話に驚いたような声だった。

「あたしの生まれ故郷は東京っていうところ。あたしはいつかそこに帰るために砂漠を渡っていたの。」

「まさか…だってヒメ、それならどうやってこっちに来たんだよ?!」

「…分からないわ。ただ偶然こっちの世界への入り口を見つけただけだったから…。最初の頃はちゃんと行き来できていたんだけど、今回だけは何故か帰れなくなっちゃって…。ハイゼたちにはその時に助けてもらったの。」

光姫は苦しそうな表情で切々と話した。その様子に話を疑う余地はない。たとえそれが突拍子もない異世界の話であっても。

「嘘だとは思わないけどイマイチ信じがたいな…。確かに見慣れない服を着てるけど…。」

「そう?あたしは信じるよ。」

カルラはサイフェルトとは対照的にはっきりと言い切った。

「むしろ本当だったんだって感じ…。昔聞いたことがあるんだ。」

「本当?!カルラ!」

光姫は顔を上げた。まさかこんな形で手掛かりが掴めるなんて。

「でも期待を挫くようで悪いけど、多分あたしの話は帰る手掛かりにはならないと思うよ。」

「それでも…聞かせて。」

光姫の言葉にカルラは座りなおした。

「昔あたしがまだ孤児院にいた頃に先生が話してくれたんだ。あたしの両親はどこにいるのって聞いた時にさ。そういう時は必ず“あたしの両親は別の世界に呼ばれてそこで生きてるんだ”って話してた。何度も聞いてるうちにもしかして両親は死んだのかなって考えてたけど、最後に孤児院を出るまでずっとその話を変えなかったの。小さい頃はそんな話をすっかり信じていたけどね。」

「それで…カルラはご両親を探すために砂漠を渡ってたの?」

女が砂漠を渡るのは珍しいとは聞いていたけど、それならカルラだって珍しいはず。

「まさか!だいぶやさぐれて育ったしさ、他の世界っていわれても孤児院を出る頃には“何ソレ?”って感じだったよ。あたしが砂漠で生きるのは両親のためなんかじゃなくてあたしのため。盗賊やってんのはバザールに馴染まないからさ。でも…そっかぁ…。他の世界はあったんだ…。」

カルラは一瞬やさしい表情で空を見つめた。

「“何ソレ”って思って馬鹿にしてたのに今まで何故か忘れることはなかったんだ…。普通ならとっくに忘れててもいいような話だったのに。もしかしたらミツキにこの話をするために覚えていたのかもしれないね。」

「カルラ…。」

独り言のように呟いた言葉の最後は光姫に語りかけた。全てのことに意味のあるこの世界では特に出会いに大きな意味がある、ずっとそんな気がしてた。アリアさんの時と同じように、カルラとの間にも何かが繋がっているのかもしれない。

 

 「それで何か掴んでいるのか?」

サイフェルトは椅子に深く座り腕を組んで問う。

「それが…まだ全然…。」

光姫は再び俯いた。

「ルベンズが色々と手を貸してくれたんだけど…。」

「元の世界に帰る方法…か。さすがに聞いたことがないや。別の大陸になら、どうかは分からないけど。」

カルラも光姫と似たような表情で考え込む。カルラは何とかして光姫を帰してあげたい気持ちになっていた。光姫のことを元の世界で待つ誰かのことを思って。

「とにかくさ、」

少し伸びをするように身をテーブルに乗り出してサイフェルトが切り出した。

「ヒメが何とか帰れる方法、仕事の合間にでも探してみるよ。あちこち働きに行ってるからな、何かしらきっと見つかる。心配すんな。それでももし何も見つからなかった時は、ずっとここにいろよ。俺が一緒にいてやるから。」

深い茶色の目があたしを見つめる。そういう眼差しがあたしの胸を逆に切なくさせるの、サイフェルトの優しさはとても嬉しいのだけど。

「うわぁ…、ガラにもないことを…。」

「んだよ、ほっとけ!俺はヒメに言ったの!」

二人のやり取りに思わず光姫の笑みがこぼれる。サイフェルトとカルラは大切な友人だった。特にサイフェルトはあたしがハイゼの影を重ねているのを承知で優しくしてくれる。“ずっとここにいろ”だなんて、ハイゼは一度も言わなかった。サイフェルトにはハイゼとは違う優しさがある。でもね…でも、あたしにはそんなハイゼの優しさの方がやっぱり良かったんだ。別れることが前提でも一緒にいさせてくれた。ハイゼ…やっぱりあたしにあなたを忘れるなんてできないよ。

 

 

    

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