夜になるといつも頭の中は飽和状態だった。静か過ぎることが余計思考を増長させる。あたしがこの盗賊団に来た意味って本当にあったんだろうか?ルベンズを離れたことにも、会話の一つ一つにもまるで意味が感じられない。何もかもが無意味に思える。すべての道がどこかで一つに繋がっているのか、それとも既に断絶されてしまっているのか、何も分からない。だけど一つはっきりと感じているのは、“泣いたら全てが終わってしまう”ような気がすること。だからあたしの泣き場所はいつも夢の中だった。ハイゼ…あなたといた時はこんなに悲しくなったりしなかった…。今何してるの?あたしが勝手にいなくなったことに怒ってるかな…それとも呆れてるかな…?でももういいの。もう会えないなら、怒るよりも呆れるよりも忘れて欲しい。あたしも頑張ってそうするから…。

 

 

 「…っ」

ハイゼはふと目が覚めて起き上がった。しかしその途端に後頭部に激痛が走り小さく呻くと、頭を抱え込んでうな垂れた。

「あの野郎…思いっきり殴りやがったな…。」

少しずつ痛みが引いてきてハイゼは悪態をついた。頭には包帯が巻かれている。今はもう出血も止まって気休め程度に軽く巻かれているが、数時間前までは厳重に包帯が巻かれて随分血に赤く染まっていた。

「気がつきましたか?」

傍らのバーディンが低い声で冷静に問う。

「ああ。久々にやられたな。」

そう言いながらハイゼは包帯を解く。

「どれだけ持っていかれた?」

「…荷車を一つ…」

「一つ?あいつらにしては随分欲のない…」

そこまで言ってハイゼはバーディンや他のメンバーの異変に気がついた。重く冷たい空気がある。ハイゼの頭は素早く最悪の事態をたたき出した。

「ミツキ…!ミツキいるのか?!」

同じテントのついたての向こうを呼ぶ。だが返事はない、気配すらも。ハイゼは荒々しく木製の組み立て式のついたてを倒した。ガタァン…という音がして見えた先には誰もいなかった。ただ暗い部屋の一角が光を失っていた。

「…どういうことだ?」

振り向かずにハイゼが低く冷たい声でバーディンを問い詰めた。

「“ミツキさんは勝手に行きました”。」

「何?」

「そう伝えるようにと言われました。ミツキさんは今サイフェルトの元にいるはずです。」

「それを黙ってみていたのか?」

ゆっくりと振り向いたハイゼの目は怒りの冷たい色をしていた。今のハイゼを見たら、それがキャラバンの御頭であることを疑うものはいない。

「もちろん止めました。テオレルが特に強く出ましたが、ミツキさんたっての希望でした。自分が行くことで奪われる荷物が減るのなら、と。」

「あの馬鹿…。なんでそんなことしたんだ…。」

ハイゼは片手で頭をかきむしるように落胆した。

 

 「あの…ごめんなさい、御頭。」

おずおずとアルフがテントに姿を現す。いかにも少年らしく怯えた申し訳なさそうな雰囲気で。

「ミツキさんが盗賊の所に行ったのは、俺のせいなんです…。」

「どういうことだ?アルフ。」

ハイゼは特有の冷静に怒った時の目線をアルフに向ける。ハイゼのそれはアルフに限らず、キャラバンの誰もが怒鳴られるよりも怖いことだと感じていた。

「俺がミツキさんに教えたんです…。海岸を出たばっかりのキャラバンは盗賊に狙われやすいって…。それに盗賊に荷物を奪われたらキャラバンは終わりだってことも…。だからミツキさんは…本当にすみません、御頭。」

ハイゼはその言葉に長めのため息をついた。怒っている時のため息ではなく、納得した時のものだ。

「なるほど…。いいよ、そんなにお前が気にすることじゃない。その話を知らなくても多分あいつは同じことしてただろうしな。」

オレンジの瞳を一度閉じてハイゼはそれっきり考え込んだ。その様子をバーディンやアルフたちが静かに待つ。

「…東までの猶予は?」

12日ほどです。」

素早くバーディンが答える。つまり砂嵐や他のアクシデントで足止めを食らっても、12日間までなら遅れても取引に問題はないということ。

「何人いれば足りる?」

15人もいれば十分かと。」

「それなら15人連れてお前は次のバザールを目指せ。残りの8人は俺が借りる。次のバザールに到着してから3日経っても俺たちが戻らなければ、更に次のバザールに進め。砂漠での合流はない。必ずバザールで待て。夜明けと共にここを発つ。」

「承知しました。」

バーディンは一礼して静かにハイゼのテントを後にした。もちろんアルフや他のメンバーもだ。一人になったテントの中でハイゼはベッドに起き上がったまま尚も考えていた。まだだ…。俺はまだミツキと離れるわけにはいかない。理由や意味なんかどうでもいい。ただ心の命ずるままに、俺は行くだけだ。

 

 

    

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