「ミツキ…ニロを降りて荷車の辺りでじっとしてろ。」

「え?う、うん。」

ハイゼに小声で促されて、あたしは目立たないようにそっとニロを降りた。そして一番近くにあった荷車の元へ急ぎ、それを背にするように立つと、あたしの姿を隠すように一人のメンバー(この人はコラーナ、背の高い人で顔に傷がありテオさんと仲のいい人だ)があたしの視界を遮った。

「久しぶりだな、ハイゼ。」

盗賊の低い声が響く。

「懐かしがってる暇があったら消えろ。お前に用はない。」

ハイゼも低く冷たい声で返す。

「つれねぇなぁ…何か月ぶりかも分からねぇのに。」

「俺はそのまま一生会いたくなかったね。」

「野暮でもせめて何の用かぐらい聞く気はねぇのか?」

「ない。」

「…正面きって言われると…傷つく。」

盗賊は顔を逸らしてよよよと崩れた。周りの仲間が「頭、頭ぁ!」とフォローする。

「ふざけてねぇでとっとと消えろ。目障りだ。」

「…らしくねぇなぁ。」

盗賊はふと気がついたように顔を上げた。

「どうした?やけに焦ってるじゃねぇか。」

「お前には関係ない。そこを通せ。」

「そう言われてただで通すと思うか?荷車の物は全部頂くぜ。」

「いかにもお前らが考えそうな事だな。」

「これでも後の事を考えてやってんだぜ?ここならまだ西海岸に近いし、すぐに戻れば取り返せるだろ。」

「はっ、余計な心遣い痛み入るぜ。」

ハイゼは不敵な笑みを浮かべた。

「交渉の返事は?」

「ふざけるな。お前と交渉した覚えはない。」

「そうかい。」

盗賊は腰に携えていた剣を抜いた。それを皮きりに他の仲間も次々に剣を抜く。日の光が剣に反射して、岩の側面に沢山映っている。それに応えてハイゼやルベンズのメンバーも抜剣した。怖かったとても。足が微かに震えているのが分かる。あたしは荷車にすがるようにしていた。あたしがもし剣術や不思議な力を使う事ができていたら、また違ったのかな?

 

 「行けぇー!!」

盗賊の頭の掛け声に「おぉ!」と仲間が応え、狭い岩間に来れるだけの人数が一気に走りこんできた。

「迎え撃て!」

ハイゼは振り返る事なく大きな声で指示した。ハイゼが抜き身の剣を携えているのがコラーナと荷車の間から見える。初めて見た…あぁ、本当に戦うんだ…。嫌だ…!

 

あちこちで剣と剣がぶつかりあう音がする。喧騒と土埃で何がどうなっているのか全く掴めない。目の前に立っていてくれたコラーナも、今は危害が及ばないようにと光姫から距離をとっていた。不意にアルフが前を横切る。顔は汗と土埃に汚れ、破れたマントには僅かに血が滲んでいた。料理長は腕を怪我しないように柄の長い槍のような武器を使っている。リーチはあるけど少し形勢が不利みたいだ。この盗賊団は一人一人がとても強い。

「ハイゼ…」

あたしは不安になってハイゼを探した。ハイゼは岩間と砂漠の境目辺りで盗賊の頭と剣を交えている。ほぼ互角みたい…。剣をぶつけ合い、隙あらば剣を突き、一方はそれをニロをうまく操って避ける。二人とも戦いのスタイルがよく似ていた。

「ハイ…、ゲホ…ゴホゴホッ!」

土埃に思わず噎せた。吐きそうになって涙で目の前がかすむ。おまけに目に砂が入って周りを見渡すどころじゃない。

「お嬢!危ない!!」

料理長の声が聞こえて無理やりに目をこじあけ振り返った。一人の大柄な盗賊が剣を大きく振り下ろそうとしていた、あたしに向かって。

「きゃああっ!!」

光姫はとっさに両手で頭を抱えて前屈みになりながらその場から逃げた。ガッと鈍い音がして盗賊の剣は荷車に当たった。光姫は一度体勢を崩して倒れ込んだけれども、すぐに体を起こして盗賊に向き合った。だからといって立ち向かえるはずもない。立っているのがやっとなんだもの。

盗賊は荒々しく剣を引き離し再び構えた。燃えるような目でひどく攻撃的に映る。

「ぁ…あ…。」

光姫はもう声を出す事もできない。後退りする事さえもできない。ルベンズの誰もが自分たちより人数の多い敵を相手にしているのだから、助けを求める事も無理。ダメだ…あたしここで死ぬの?

 

振りかざした剣が最高点に達し、後は振り下ろすだけになって、あたしは目を開けてられなかった。ただ必死にフードの部分のマントを強く持って、目の前のことを見まいとした。嫌だ…イヤだ…イヤだ!!

 

やめて!

 

だけど次の瞬間に耳に入ってきたのはドスッというくぐもった音と小さな呻き声だった。

「大丈夫か?!」

あたしは涙目を開けた。ハイゼだった。ハイゼは料理長の警告を聞き取って、相手を渾身の力でよろめかせるとすぐにニロの方向を変えて光姫の方に走り込んで来ていたのだった。そしてニロを後足で立ち上がらせて、剣を振りかざしていた盗賊をニロの前足で思いきり蹴飛ばしていた。盗賊は小さな呻き声を上げた後には3メートル近く飛ばされて倒れていた。

「ハイゼ!」

「急げ!荷車の元に戻…」

ハイゼは言葉を最後まで言い終わらなかった。光姫は何が起こったのか全く分からなかった。ただ目の前のことを一つ一つ頭の中でかみ砕くのがやっとだったんだ…!

ハイゼは急に体に力が入らなくなったように、ニロの上でバランスを崩した。そしてゆっくりと前屈みになるようにニロから滑り落ち始めた。

「あぁ…!!」

あたしは倒れ込むようにして両手を伸ばし、ハイゼの体を受け止めた。だけどやはり重みに耐え切れず、そのままハイゼを抱えるようにして座り込んでしまった。

「ハイゼ…ハイゼェ!!」

辺りに泣き叫ぶような光姫の声が響く。ハイゼの飴色の髪の毛が血に赤く滲んでいく。なんて事…ハイゼのあたしを庇って無防備になった背後から、盗賊が一撃与えたんだ。

「動くな。」

黒いニロを降りた盗賊が、切っ先をうつぶせのハイゼの首元に向ける。自らの頭にかかるマントの影からそれが見える。光姫はハイゼを抱える手を強めた。

「ルベンズ!剣を納めろ!!てめぇらの頭は墜ちた!」

盗賊の声は周りの岩にこだまして辺りに響き渡った。ルベンズの全員が動揺したようにうろたえながらも、次々と剣を下ろし始めた。

「御頭…ミツキさん!」

「お嬢…」

「御頭ぁ!」

アルフや料理長、若いルベンズのメンバーが口々に名を呼ぶ。だけどどうしようもない…ルベンズは負けてしまったんだ、あたしの…あたしのせいで。

 

 

 

    

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