「そこまでだ、モニス。」
凛とした声がざわめきの中から響いた。あたしは薄目を開けて階下を見た。女の人がいる…金色に近い長い髪の女の人。少し気の強そうなつり目が印象的だ。少しあたしに似ているのかも。
「西の方…!」
「アリア様!」
「アリア殿!」
セラもアスベラも皆同じ名を呼ぶ。あの人がアリアさん…顔が似ていても雰囲気が全然違う。
「ア…アリア…」
あたしの髪を掴んだ手が緩む。あたしはやっとモニスの手から解放された。
「に、西の方。今までどこにおられた?儀礼に参加せぬとは言語道断。」
「白々しい事を申すな。全てを知っていたお前が。」
アリアは冷たく言い放つ。その威圧感にいつの間にか周りは静まり返っていた。
「知っていたとは異なことを承る…。一体何の根拠があって…」
「その娘が私ではないと見抜いていたらしいな。何故だ?」
「何故だと?決まっている、髪も目もこんなに異なっているではないか!」
「儀礼中に気付いたのか?」
「その通りだ!」
アリアとモニスの緊迫したやり取りが続く。だが微かにアリアに余裕の笑みが見られた。
「ではどうして儀礼の最中に気付けたのだ?その娘の服装からして髪飾りは髪も顔も完全に隠すものだろう。だのに何故お前は違いに気付いた?それはお前が私がここに来れぬ事を知っていたからだ!お前の息がかかったものに私は数日間幽閉されていたのだからな!」
アリアは核心をついた。ほんのわずかにモニスが後退りする。おそらく光姫以外には誰も気付いていないだろうけど。
「ぶ、侮辱だ!東のサガ殿、これは立派な侮辱罪ですぞ!何の確証もない!」
「確証ならある。」
高齢のサガに求めた助けを断ち切ってアリアは手に乗せたバッジを掲げた。
「白のバッジだ。白は北のアスベラのもの。アスベラの制約上、北の者しか持つ事は許されない。これは私を見張っていた一人が付けていたものだ。これをどう説明いたす?」
今度は明らかに後退りした。それほどあのバッジの拘束力は強いんだ。誰かがモニスに罪を被せるために持たせたなんて言い訳、絶対に通用しないのね。
「北の方、どういうことかね?」
東のサガがゆっくりとした、しかし凄みのある声で問う。
「そ、それは…」
決定的だ。もうモニスに勝ち目なんてない。東のサガが、南のセラが、階下のアスベラが、そしてアリアさんが、無言でそれを示している。
「北のセラを追放せよ!」
「そうだ、北のアスベラについても言及すべきだ!これは一体どういうことだ!?」
階下で次々に声が上がる。皆が北のアスベラを問い詰め始め、辺りは騒然となった。どうか…暴動にはならないで…!それくらい勢いがあって怖い。
不意に背中に痛みが走った。それにガクンと前に押し出される振動も加わる。あたしは台座から落ちそうになって必死に台座の縁にしがみついた。体はまだ完全に台座の上にあるけれど、頭は外に押し出された。髪がすべて投げ出されてる。
「…ん…!」
あたしは何とか顔を持ち上げて体の重心を台座の上に戻そうとした。それと同時にモニスの方に振り返る。さっきの痛み、モニスが思いっきりあたしの背中を蹴り飛ばしたんだ…!しかもヤクザ蹴りなんてかまして…何てことするのよ!
「貴様…この小娘が!お前のせいで何もかも終わりだ…!!」
モニスは再び足を上げた。さっきよりも力を込めて蹴るつもりだ…!どうしよう…今そんなことされたら確実に階下に落ちてしまう!
「死ね!」
ぐっと目を閉じた。押し出されないように手に力を込めた。体は痛みに備えて強張る。もうかわすなんてできない…!ハイゼ…!!
「…っ?!!」
だけど、いつになっても痛みは来なかった。あたしは恐る恐る目を開けて振り返る。青い光越しにモニスが見えた。青い円柱がモニスを捕らえ、どんどん縮小し拘束していく。やがてパイプに挟まって動けなくなったかのように、モニスは完全に捕らわれてしまった。これは一体…?
「大丈夫か?娘!」
南のセラだった。とっさに魔方陣を敷いてあたしを助けてくれたんだ。
「大丈夫です!ありがとう!」
あたしはこの吹き抜けで初めて言葉を口にした。南のセラはモニスに対しては容赦なく、あたしには優しい笑顔を浮かべた。
「各々方、ご沈静を!」
アリアの声がまた喧騒を静める。皆手を止め口を閉ざしアリアを見た。
「如何なる理由があろうと、私がこの場にいなかったことに対する罰は必ず受けます。だが私の代わりにあの場に立った娘に対しては御咎めなきようお願い申し上げる!どうか…東のサガ殿…!」
アリアは周りを見回すように訴え、最後に台座の老人を見上げた。
「分かっておる。これが私の最後の仕事になろうな…」
東のサガは立ち上がった。
「サガの名において申し渡す。北の者モニスよ、そなたからはセラの地位を剥奪し、アスベラからの追放を申し渡す。西の方アリアよ、そなたに対しては今回のサガ選出はなかったものとする。それがそなたの罰だ。謹んで受けなさい。」
アリアは恭しく頷いた。
「最後に代役の娘よ、そなたの罪はアリアの言葉とそなたに免じて一切問わぬ。大儀であったな、存分に誇ると良い。」
あたしは正座をしてその言葉を聞いていた。これで…これで全てが済んだんだ。今は誇るとか喜ぶとかじゃなくてただ安心だった。元の世界の情報なんて、この時は微塵も浮かばなかったんだ。