― 儀礼が始まりますと進行役のアスベラの方がサガへの立候補を伺います。東の方がまずサガを辞退なさいますので、ミツキ様も同じようになさいませ。それで全てが済みます。後は座っていてくださるだけで構いません。−

 

ウォルトンは儀礼の直前にごく自然に近付いて耳打ちした。あたしは今まさに吹き抜けの壁に取り付けられた台座の上に座っている。胸には学校指定の赤いバッジを付けて。ウォルトンさんが言うには、アスベラは東西南北でそれぞれ色分けされていて西は赤を充てられているんだとか。普通はアスベラ全体の制約で他の地域やアスベラに関係ない人には譲渡できないものなのだけれど、幸いにもあたしもバッジはとてもよく似ていた。だからこそ余計にあたしをアリアさんと間違えたのだろうけど。

光姫は辺りを見回した。吹き抜けの台座は全部で4つ付いていて、方角に応じてセラが座っている。向かって右には南のセラ(色黒でとても逞しい男性だ…)が、正面には東のセラ(あたしのお祖父ちゃんよりもずっと年上みたい…)が、そして左には北のセラ・モニスがいる。モニスは余裕綽々とした顔をしているけど、台座についてあたしを見た時、一瞬ひどく動揺した表情を浮かべた。本当に些細な反応だったけれど、モニスへの疑いを確実にするには充分だった。

「…ではセラの御方々。」

儀礼が始まってからずっと難しい口上を述べていたアスベラの進行役がセラを呼んだ。

「サガへの自動選出に意義のある時には態度で御示しを。」

その言葉に東のセラが動いた。おもむろに右手を前に出し、手の甲を正面に向けるようにその手を挙げた。挙手といっても手の甲が正面を向いているせいか、少し崩れた敬礼のようにも思える。

「東の方。」

進行役が確認の点呼をする。あたしもだ、あたしも辞退を示さなければ。今しかない。

「いかがなさった、西の方?」

右手を少し持ち上げた光姫にモニスが嫌味な突っ込みを入れる。

「まさか辞退なさるおつもりではないでしょうな?貴女ほどの方がそんな事なさるはずがない。それとも何か理由がおありかな?」

…しまった…!先手を打たれた。あたしは挙げかけた手を握りしめて膝の上に戻した。アリアさんの声色も口調も分からない。だから反論さえも出来ない。あたしが辞退することは全て読まれてたんだ…!

 

「ちっ…」

ハイゼは吹き抜けの上部、開いている窓から半分以上身を外に出して舌打ちした。辞退さえできれば勝ったも同然だった。ミツキに対しても何の危害も加えられる可能性もなかったのに。ヤロウ…あいつがアリアの代役だって揚げ足を取るつもりだな…。ハイゼは手に持つ小振りの弓を握りしめた。弓はそこそこ使えるが、名手というわけではない。いざとなった時に放てるか?くそ…せめてもう少しミツキに近い位置に身を隠すべきだった。

 ウォルトンはといえば、吹き抜けの隅のほうに控えながらセラを見上げていたが、ハイゼの見る限り苦虫を潰したような表情をしていた。おそらくウォルトンも俺やミツキと同じ思いなんだな…。ミツキ、堪えろ。合図があるまでの辛抱だ。

 

 

 「いかがいたしました?西の方。」

進行役があたしに尋ねる。あたしは微かに首を横に振った。こうなった以上もう辞退は出来ない。何とか他の人が…南のセラさんがサガになるよう願うだけ。

「時期のサガにつきましては、既にある程度の選出がなされています。この場において正式な認定の後、その方を…北の方?」

おもむろに右手を前に出したモニスに進行役が問う。

「サガの選出に関して一つ提案がある。」

酔いしれるような声でゆっくりとモニスが話し出す。

「いくら予め選出がなされているとはいえ、各々の実力を知らしめるぐらいは必要だろう。どうだ、今ここでセラが一人ずつ力を示すというのは?」

モニスは辺りを見回しながらいうなかで、あたしに対してはごく小さな蔑視を向けた。本当になんて嫌な奴!

「北のセラ様のご意見に異議がなければ口をお閉ざしください。」

進行役は淡々と話を進める、それが仕事なんだろうけど…。吹き抜け全体は耳が痛くなるくらいの静寂に包まれた。衣擦れ一つしない。アスベラの多数決はひどく反対派に不利だ。賛成の沈黙の中で反対の声をあげられる人なんて滅多にいない、それをあたしが出来るはずもないし…。

「…では北のセラ様よりどうぞお力を御示しください。」

ややあって進行役が促す。モニスは立ち上がりマントを翻すと、右手で円を描き一度顔の前で止め、力強くその手を前に突き出した。4つの台座の中心に白く光る円が現れた。円の内部にはある程度の規則性を持った装飾が並ぶ。そして空気中に溶け込むように消えてなくなった。下から礼儀的な拍手が響いてきた。モニスは手でその拍手を制すると、満足げに腰を下ろした。

「では南の方。」

進行役に呼ばれ、モニスと向かい合う南のセラが立ち上がった。そして同じように右手で円を描き、顔の前で横に線を引くと前方やや下に向けて手を振り下ろした。また台座の中心に魔法陣が現れた。南のセラの魔法陣は青く光っていた。また拍手が響く。

「続きまして西の方。」

あたしは立ち上がった。こうなったらせめて立ち振る舞いだけでも強気でいたい。でも…魔法陣の書き方なんて知らないし、教えられたところで到底できるはずもない。モニスが嫌味にニヤつく顔でこちらを見ている。負けたくない…でもどうしたらいい?あたしは両手を握り締めて立ち尽くしていた。もう終わりだ、何もかも…。アリアさん、ハイゼ…。まだあたしに出来る事ってあるの?

 

 

    

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