あたしとハイゼは男性に付いて西海岸の外れまできた。背後に絶壁を有し、前方に入り江を抱える古い建物が見えてきた。町の喧騒はとうの昔に過ぎ去り、今はもう潮騒だけしか聞こえてこない。あたしたちの周りは男の人達で固められて人目に付かないようにされているうえに、断崖の際、極めて分かりにくい裏口から中へ通された。

内部は大きな吹き抜けを中心にいくつもの部屋が連結している。吹き抜けの天窓は凹レンズになっていて効率よく光を集めていて、その中間、宙に浮かんでいるように丸い足場が数か所壁から突き出していた。

「こちらです。」

上ばかり見ていた光姫を男性はある小部屋へ案内した。小さな部屋には色とりどりのマントや杖、ブローチ、髪飾りが沢山あるにもかかわらず整然としていた。

「紹介が遅れました。私はアスベラに仕える者でウォルトン・グルータスと申します。」

「俺はハイゼ・ルーファス、こいつはミツキ・コーサカだ。早速話に入るが、あんたらの女主人は一体どうしたんだ?」

ハイゼは簡単に名乗るとすぐに用件について核心をついた。何か元の世界に関するヒントと引き換えに、あたしは貴重な昼間のオフモードを逃してしまっていた。

「アリア様は…数日前から行方不明になっております。おそらくどこかに幽閉されているものと思われます。首謀者も理由もある程度分かっておりますが、いかんせんアリア様の所在が全くつかめないのです。」

ウォルトンには多少の落胆が見られるが、それでもピンと伸びた背筋が曲がることはなかった。よほど厳格な人なのだろう、特にアスベラのことに関しては。

 

「何故居場所が分からないのに犯人は分かってるのですか?」

「それに関しては一から説明しましょう。アスベラについてはどの程度ご存じですか?」

ウォルトンはあたしに問う。答えは“全く”よ。でも代わりにハイゼが答えた。

「まぁ…セラとサガくらいなら知ってるが。」

「セラとサガ?」

「アスベラは一つの家系ではありません。東西南北にそれぞれアスベラ家があり、近隣の海や山、町をお守りしています。セラとは各地域の当主を指し、サガとは更に上のアスベラ全体を統治する方をいうのです。」

ウォルトンはあたしを見て教えてくれた。

「アリアは西のセラなんだな?」

「そうです。そしてサガは4人のセラの中から3年の任期で一人選ばれます。3日後はその選出の儀礼の日に当たるのです。」

「じゃあその時までにアリアさんが見つからなければ、アリアさんはサガにはなれないのですね?」

「えぇ。しかしそれだけではありません。サガになれないこと以上に危機的状況があるのです。」

「危機?」

あたしは聞き返した。ウォルトンの表情は只事ではない。

「セラは就任と同時に血の誓約を交わし、そして死ぬまでそれを遵守しなければなりません。結婚してはいけない、一月ごとに守護の魔方陣を書き直さなければならないなど事細かくありまして、もしこの誓約を一つでも守れなかった場合には、セラの地位を剥奪されるどころかアスベラから追放されてしまうのです。非常に厄介なのはその誓約の中に、サガの選出の儀礼にはセラは必ず参加しなくてはならないとの記述があること。たとえサガの選出に名乗り出なくても出席だけはしなくてはなりません。」

「でなきゃアリアは追放、か。」

「追放とは言葉の綾、追放はそのまま死に直結します…。」

「そんな…!それじゃあ犯人はそれを狙っているの?!」

光姫の言葉にウォルトンは頷く。それなら何が何でもアリアさんを探し出さなくちゃ。

「あなた方のご協力には心から感謝致します。ルベンズといえば話は聞き及んでおります。信用致しましょう。しかしそれでも3日後までにアリア様が見つからなければ…」

ここでウォルトンはしかとあたしに目を向けた。

「貴女にアリア様を演じて頂きたい。」

やはり…思っていたとおりだ。顔は似ているんだろうけど、あたしは魔方陣や仕来たりについては全く知らない。バレない保証も万一バレた後の場合も分からない。

「ミツキはこの辺りの事には疎いんだ。あまり適役とは言えないぜ。それにそうしたらアリアは絶対サガにはなれないがいいのか?」

ハイゼはなかなか返事をできないでいるあたしに先行して答えた。あたしがまさに言い訳として考えていた事を。

「承知しております。そうなった以上アリア様のサガ就任は諦めましょう。アリア様もまた同じようにお考えになります。ミツキ様にはただいて下さるだけで構いません。とにかく追放だけは免れなければ…。」

ウォルトンは険しい表情になった。

「…分かりました。もし見つからなければそうします。でもとにかくアリアさんを探しましょう。」

それで全てが丸く収まるのだから。

 

「ウォルトンさんは誰が犯人だと思ってるんですか?」

「…モニス様です。」

「モニス…様?」

ややあって答えたウォルトンの言葉に疑問を感じた。犯人に敬称?

「そいつもセラなのか?」

ハイゼがすかさず突っ込む。

「えぇ、モニス様は北のセラでアリア様の伯父にあたる方です。最たる確証はありませんが、この方がアリア様について何か知っているのは間違いありません。それというのもモニス様は年若い女性のアリア様がセラであることに納得がいかないのです。西のアスベラは先代のセラがお退きになる頃になっても男の跡継ぎに恵まれませんでした。しかしそれを抜きにしてもアリア様は優れた力をお持ちでしたし、何より統率力がおありです。東西南北いずれのアスベラでも同様の評判を聞きますし、実際アリア様がセラに就任なさってから西のアスベラは興隆いたしました。現在最もサガに近いと言われています。」

「モニスという人は?」

「モニス様ももちろんセラとしては有能な方です。しかりサガとなってアスベラを正しい道へと導くかといえば必ずしもそうとはいえません。今このような話題にお名前が上がっていることでお分かりでしょう。」

ウォルトンは声を落としながらもハッキリと言い切った。

「あの…他の方は…他のセラの方はどうなんですか?サガの候補としてモニスさんに対抗できないんですか?」

話にはまだ東と南のセラのことが出ていない。聞いている限りアリアさんに対して友好的に感じるけど、何か手を貸してくれないだろうか。

「東と南のセラ様も有能な方ですが、サガの選出という点においてはややお立場は弱いですね。東のセラ様は現在のサガではありますが、大変なご高齢で今年を最後にお退きになるご予定です。3年の任期が決まっているサガには立候補しないご意向だと伺っております。南のセラ様は明朗快活な男性でアリア様よりも年上ですが、モニス様から見れば年下です。優れた力をお持ちですが、サガとしてアスベラを統率していくとなるとアリア様やモニス様に比べれば決定打に欠けます。」

「つまりセラとしてもサガになるにしてもアリアが邪魔なんだな。」

ハイゼが足を組み直して聞き返す。

「そういうことです。モニス様は以前からアリア様に対して女性であることがいかに劣っているかということを(申し訳ありません、ミツキ様)とても汚い言葉で直接罵ることもございました。それがためにモニス様自身でアスベラ内でのご自分の評価を下げてしまい、アリア様がいたのでは絶対にサガには選ばれないほどになりました。しかしモニス様にとって最悪なのはサガになれないことではなく、アリア様がサガになることなのです。サガには強い権限が与えられます。サガの決定一つでセラの地位にある人物を退けることも可能です。アリア様ならおそらくその権限をお使いになりますからね。」

ウォルトンは更に声を低めた。でも確かにそんな男がいたら退けたくなる。あたしは女性の権利とかをあまり気にはしないけど、罵られたら我慢なんてきっとできない。

「でもサガに強い権限があるなら、今のサガの方はどうしてそれを使わないんですか?可能ではあるんでしょう?」

「もちろん可能です。今は東の方がサガとなっておりますが、ご高齢のためかあまり積極的ではありません。個人の性格もあるのでしょうが、強い権限だからこそ使いたがらないサガの方も珍しくありません。東の方はまさにそれです。まぁ、直接手を出さなくともアリア様がモニス様に勝利なさるのは目に見えてますからあえて口出しなさらないのかとも思います。」

確かに余計な干渉をしないことは権力者にとっては有益だ。だけど、それがためにこんなことに…。アリアさん、無事だといいのだけれど…。

 

「とにかくだ。」

ハイゼが立ち上がった。

「早く動くに越したことはない。俺は一度戻ってテオたちに打診してくる。こいつは…ミツキは置いていくぜ。もしもの時を考えれば人目に付いていない方が無難だろ。」

あたしは思わずハイゼに不安の目を向けた。これまで一度だってルベンズから離れたことはなかった。誰も何も知らない所に一人でなんていたくない…!

「俺は連絡のためにもならべくこっちに来るから。」

それはウォルトンさんに言ったの?それともあたしに?

「心配すんな。」

ハイゼは部屋から出ていきざまにそう呟いた。あたしに少しだけ目線を移すようにして。そうだね、たとえ不安でも一歩を踏み出さなきゃ。でも…でもどうかアリアさんが無事に見つかりますように…。

 

 

     

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