西海岸には今日も西からの船が往来している。海岸線は他のキャラバンも入り交じって、いつものように混雑していた。あたしは人とすれ違う度に目をつぶってしまう癖があるために、思わずハイゼのマントを掴むようにしていたのだけど、いつの間にかハイゼはあたしの手を取っていてくれていた。人込みを抜けると同時に手を離してしまったのは残念だったけど。
「ハイゼ、何買うの?」
「ん?グローブとかベルトとかな。結構一回の渡航でボロボロになるんだよ。」
「へぇ…」
今日のハイゼは昼間でもオフモードだ。ちゃんとこっちを見て話してくれる。だけど、その中で目線が周りに厳しく向けられてる。一つ一つは一瞬だけど、何かを気にしているみたい。何かあるのだろうか?
「アリア様…アリア様!」
どこかで誰かを呼ぶ声が少しずつ近付いてくる。
「アリア様!」
ふと肩に手を置かれ、光姫は驚いて振り返った。しかしそれと同時にハイゼが裏手でその手を撥ね除ける。
「やっぱりな…さっきから何の用だ?ずっとついてきやがって…!」
ハイゼが気にしていたのはこの人たちだったの?あたしには全然分からなかった、肩に手を置かれるまで。
「アリアとか言ってたな。こいつはそんなんじゃないぜ。人違いだ。」
「ひ、人違い?いやしかし…あぁ…確かに。アリア様ではない…。」
あたしを呼び止めた50代くらいの男性はあたしを正面から見て納得した。よほど必死に探していたのね。落胆しているのがはっきりと分かる。
「どなたかお探しなんですか?」
ハイゼの後ろから光姫が尋ねる。
「えぇ…ですが貴女には関係のないことです。大変失礼しました。」
「アリアって女を探してんだな?」
「…はい。」
「どのアリア?」
「…それは…」
ハイゼの追及に男性の額にはうっすらと汗が滲む。
「アスベラだな?」
「?!」
ハイゼの出した答えに男性の眉根がぴくりと動く。
「アスベラ?」
「魔術とか占いみたいなことをやってる家系だよ。…その様子じゃあ図星なんだろ?」
男性は額の汗を拭った。
「…否定は致しません。だが内密にしていただきたい。」
「どうかしたんですか?」
「ミツキ、今内密にって言われただろ。」
「うん、でも内密にすることと詳しく知ることは意味が違うわ。でしょ?何か手掛かりとかないんですか?」
ハイゼが困ったような表情で光姫と男性の間に割り込んだ。そして光姫の方に振り返って小声で囁いた。
「お前な、あんまり余計な事に関わろうとするなよ。お前は自分の心配をしてりゃあいいの!」
「そうだけど、魔術とかに関わる人ならあたしの世界のことも何か知ってるんじゃないかと思って…。」
ここで他の人に間違えられた意味、その人が魔術関係である必然性。それを最大限に生かさなきゃ何かが途切れてしまうように思えた。
「…分かったよ。」
ハイゼは溜め息混じりに呟く。決して嫌々ながらだとか仕方がないからといった雰囲気ではなく、全てを納得したような溜め息だった。
「おい、オッサン!」
ハイゼは男性の方へ向き直った。男性の周りには仲間と思しき人が数人集まってきていた。
「アリアを探すなら俺たちが手を貸すよ。キャラバン総出とはいかねぇが精鋭部隊を出すぜ。内密に事を進めるならあんたらより上手くやれるしな。」
ハイゼは強気な笑みで交渉する。
「…あなた方は?」
「ルベンズだ。」
「後ろのお嬢さんもですか?」
「そんなところだ。」
一言一言は短いけれど、二人は大人の駆け引きをしている。余計な言葉はまるでない。
「あ、あたしも手伝います!あまり役に立たないかもしれないけど…」
あたしはその会話に意を決して口を挟んだ。だってアリアさんを探す事で利があるのはあたしなんだから。
「それならば是非お願いしたい。特にお嬢さんにはお頼みしたい事が…」
「但し条件があるんだ。」
相手が引いたのを見てすかさずハイゼが言い出す。
「一つは俺たちが協力できるのは4日間だけだ。5日後にはここを発つからな。二つにはアリアを探し出したあかつきには、その借りはアリア本人から返してもらう。でなきゃ悪いが協力はできない。それでも…」
「良いです。十分でございます。3日後の夜までに見つからなければどちらにしても終わりです。アリア様からの見返りについては私が何とか致します。」
この男性がこの中で一番偉いんだ。他の人達と相談することなく即決した。
「ここでは公にお話しできません。どうぞこちらへ。」
あたしはハイゼに目をやる。ハイゼは目で「行こう」と告げる。アリアさんに間違えられたこと、あたしに特に頼みたいこと、何となくあたしはするべきことが予感できていた。