「…ん」
吸い込む空気がどこか新しい。朝だ…でも何時?
「起きたか?」
ついたての向こうからハイゼが話しかけてくる。
「あ、あたし寝過ぎてた?」
「いや…まぁでもそろそろそういう時間だな。」
「んんっ…!」
あたしはガバッと勢いよく起き上がった。海岸での数日間の滞在は、あたしの体力をすっかり回復させた。今は随分体が軽い。
「あと5日でここを離れるぞ。」
「5日?」
「あぁ、他のメンバーにも伝えてある。荷造りだの個人の買い物だの里帰りだの、もう皆動きだしてるぜ。」
「そっかぁ…」
あたしは目を擦りながら曖昧な返事を返した。
「支度ができたら行くぞ。」
「行くってどこへ?」
そう言いながら光姫は櫛に手を伸ばす。
「俺の買い物だよ。」
「え?あたしも一緒に?!」
びっくりしたのと櫛が髪に引っ掛かったのとで、あたしの目は一気に覚めた。
「…何だよ、嫌か?」
「いや、そうじゃなくて…」
だって、それってデートじゃん。ふと昨日の夜の事を思い出して胸が高まる。ハイゼのさっきの言い方、あたしがこうなってるのを分かってて言ってるな…。イジワルに笑う表情が声から読み取れる。
「待って、すぐ支度するから!」
「メシはちゃんと食えよ。」
「うん、分かってる。」
ワイシャツのボタンを留め、スカートをはきながらハイゼに応える。あらかた着替え終わるとついたてから飛び出し階下に向かった。ハイゼとあたしの部屋は3階で、上は見張り台、下は食堂にルベンズのメンバーの部屋、最下層にはニロと門番部屋がある。この数日間でこの建物はすべて網羅していた。
「おはよう、料理長!」
「おぉ、お嬢!おはよ。」
料理長はテーブルを片付けながら振り向いた。
「あ、もう朝食終わり?」
「心配すんなって。お嬢のはちゃんととってあるよ。今日は随分寝坊したなぁ。」
「うん、ちょっとね。」
昨日、あれは…ハイゼとのことは驚いたけど、それに反してとても安心した。だから自然と深い眠りにつくことができて起きれなかったというわけ。
「ほっほぅ…それは御頭といい感じだったってことか?それとも夜中一緒だったとか?」
「…〜っ!!!」
これが漫画ならあたしは口に含んだサラダをぶはっと勢いよく吹き出しているところだ。実際には数秒間口の動きが止まり、その後一気に飲み込んだのだが。
「り、料理長!!」
あたしは真っ赤になって声を上げる。図星をつくけどそれ以上にいきなり何を言い出すんだ、この人は。
「あっはっは!冗談だよ!でも…まぁ当たらずもまた遠からじ、か。」
あたしは何も言い返せず、ただ出されたスープに困ったような表情で口を付ける。
「やっぱりお嬢はそうやって元気な方がいいよ。悩むことも知りたいことも多いだろうけどさ。」
「料理長…」
料理長はふとお父さんみたいな表情を浮かべる。そうだね、あたしに今できるのはそれくらいかもしれない。それならいっそ精一杯明るくありたい。
「食後にデザートは?果物ならすぐ出せるよ。」
「ううん、お腹いっぱいだしハイゼが待ってるから。ありがとう、料理長。」
光姫は食べ終わった食器を調理場の料理長に返す。
「片付け、手伝えなくてごめんなさい。」
「いいよ。それよりあんまり御頭待たせるなよ。」
「うん!」
光姫はいっぱいのお腹を気遣いながら、また自分の場所へ早足で戻っていった。
「ごめんね、ハイゼ。もういいよ。」
光姫は茶色のマントを三日月のブローチで留めながらハイゼに言った。
「ん?あぁ…」
ハイゼは自分のベッドに寝転びながらこの前の本を読んでいたが、光姫の声に本を閉じて起き上がった。
「もういいのか?髪は?」
「今日はこのままでいいの。いつも結んでると髪傷むし。」
光姫は下ろしている髪を両手で触った。本当のことを言えばやっぱり結びたかったのだけど、随分長いこの髪を一つにまとめるには時間も労力もかかりすぎるのだ。
「そっか、じゃあ行くか。」
ハイゼもマントを羽織り準備を整えてあたしを促した。