「さぁて、今日は何が食べたい?」

 

料理長が気軽にあたしに聞く。西海岸の町2日目、今日は料理長と二人で町を歩く。

 

「やっぱり甘い物かな。うん、そうだな。砂漠じゃあんまり作れないし、リモックを買って久々に焼き菓子でも作るか!」

 

「リモック?」

 

とんとん拍子に一人で話を進める料理長に光姫は聞き返した。

 

「リモックってのはあれだよ、なんだあ〜調味料!薄茶色の結晶で甘いんだ。」

 

「あぁ、砂糖ね。」

 

「サトー?」

 

「あたしの世界の調味料よ。甘くて結晶のものもあるけど、粉の方が一般的なの。」

 

「へぇ、やっぱり根本的なところは一緒なんだな。今度お嬢の世界の食べ物作ってくれよ。」

 

「うん、分かる範囲なら。あ、リモックってあれのこと?」

 

光姫は会話の途中に目に入った店先の袋を指した。

 

「おお、そうそう。だけどあー、向こうの方が質が良かったな。あっちで買おう。」

 

 料理長はくるりと踵を返した。あたしは付いて行くのに少し小走りをした。

 

「一目でよく分かるね。料理長は長く料理人として働いてたの?」

 

「あぁ、バザールの飯屋で13年、それに下積みが7年あった。」

 

「キャラバンには?」

 

「ここはまだ5年目だ。」

 

「どうして料理人をやめてキャラバンに入ったの?」

 

「お嬢は昨日から質問攻めするなぁ。」

 

料理長は振り向かずに言った。確かにあたしは自分のことはほとんど話さないのに、皆には聞いてばかりいる。ちょっとずるいよね。

 

 

 「ごめんなさい。あたし聞いてばかりで。」

 

「いや、あ、そうか。嫌味っぽく聞こえたか?すまんすまん、別にそういう意味じゃないんだ。分からない事を素直に聞けるのはとってもいい事だぞ。それに人間には誰にでも自分の話をしたい衝動ってのがあるんだ。」

 

「料理長にも?」

 

「あぁそうさ!言っておくが俺の料理人時代はそりゃあ華々しかったぜ!」

 

料理長はにかっと豪快な笑みを浮かべた。

 

「俺のいたバザールは結構大きいとこでな、飯屋もそれなりに有名だった。そこのバザールの住人なら誰でも1度は行ったことがある、そんな場所だった。俺もそこで働けて幸せだったよ。」

 

さっきの顔とは一転、昔を懐かしむような表情になる。

 

「だけど何かあったの?」

 

「あぁ、あった。ある時店に疲れ切った一人の男が訪ねて来たんだ。聞けばそいつは余所のバザールの住人で、俺の料理を家で待つ父親に食わせたくてやって来たと言ったんだ。嬉しかったけど、ショックだったね。俺の料理はただふん反り返って客を待つ横柄なものだったのかって気付かされた。いや、そうじゃない。俺はもっと色んな沢山の人に食べてもらいたいんだってこと、その時になって初めて認識した。恥ずかしい話だけどよ。」

 

料理長は今度は自嘲的な笑みに表情を変えた。光姫は黙って話を聞いていた。

 

「それでその男を連れて来たキャラバンに掛け合って、俺も一緒に砂漠を渡ったんだ。そいつの親父に飯を作った後、俺はもう決心してたよ。こうやってバザールを回ろうって。それで飯屋をやめてそのキャラバンに入れてもらった。それがハイゼが率いるルベンズだったってわけだ。」

 

「そうだったの。料理長はすごいね。皆が料理長って呼ぶのはきっと信頼と敬意の証しね。」

 

「そうか?そう言われるとおいたん、照れっちまうなぁ!」

 

料理長は照れくさそうにイヒヒと笑った。あたしもそうよ、料理長。今までとは同じ呼び名でも意味合いが違う。あたしもいつか自分の純粋な気持ちに素直に生きたい。

 

 

 

 「キャラバンのこと、もう少し聞いてもいい?」

 

「あぁいいぞ。お、オヤジ!リモックにもう少し色付けてくれ。多いくらいでいい。」

 

料理長はリモックの量り売りのオジサンに増量を頼んだ。西海岸での買い物はどこか下町を思わせる。

 

「で、聞きたいことって?」

 

マントの奥からお金を支払いながら料理長が聞き返す。

 

「昨日ね、テオさんの方がハイゼと付き合いが長いって言ってたでしょ?皆結構バラバラにキャラバンに入ったの?」

 

「いや、そうでもないな。テオとか12人くらいはハイゼとは御頭になる前からの付き合いとか聞いたな。そんでバーディンさんとか年長者5人が前の御頭、ルベンっていったっけ?その人の時からキャラバンにいて、あとはここ数年に入った俺みたいのが6人だ。アルフは俺と1年違いだから今年4年目だな。」

 

そう話しながら料理長は買ったリモックを受け取った。

 

「へぇ皆仲がいいから大体同じくらいに入ったのかと思ってたわ。」

 

「そうだな。それがルベンズ・キャラバンのいいところだな。ギスギスしてないし気さくだし、商売とか利益に関してもいい意味でガツガツしてないしな。だから御頭が若くてもなめられないんだよ。」

 

「うん、あたしもそう思う。」

 

あの時砂漠を通り掛かったキャラバンがもっと利益を求めるタイプだったら、あたしを助けてなんてくれなかったね。損益だけで見れば、あたしなんて一緒にいても意味がないもの。あたしはどうしたらルベンズにハイゼに報いられるんだろう。何かしてあげたいのに、何をしてあげるのがいいのか分からない。あたしがこの世界に閉じ込められてる意味よりも、今はあたしのいる意味が欲しい、そんな気持ち。

 

 

       

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