「じゃぁ別の質問。いい?」

「えぇ、どうぞ。」

「この前ここの季節を教えてもらった時、季節で風向きが変わるって言われたの。今は…西風が吹いてるのよね?だから西からの交易船が来るんでしょう?」

気温の変動で季節が変わる環境に慣れていては、こっちの風向きの変化による季節はよく分からない。世界史だったかの授業で中央アジア周辺のそれらしい話は聞いたけど、いかんせんこっちは世界が違うのだし。

「仰るとおりですよ。今は西からの風が吹く西風月(マグルット)の季節です。西の大陸の交易商人は西風月(マグルット)の風を使ってこっちの大陸にやってくるんです。そしてその逆の東風の吹く東風月(レゼンタ)の風によって元の大陸に戻っていくんですよ。西風月(マグルット)と東風月(レゼンタ)は明確にいつ始まって終わるかという概念がありません。大体3〜4ヶ月のサイクルで風向きが変わるので、風の変わった日から大体の期間で捉えています。」

「東の大陸の商人は西とは逆の風を使ってこっちに来るってワケだ。東風月(レゼンタ)にやってきて西風月(マグルット)に帰っていく。キャラバンはその来訪にあわせて砂漠を東西に行き来してるんだ。」

「それじゃあ風向きが変わればキャラバンも移動するのね。あ、でもそれじゃ遅いか…。ちょうど風向きが変わって交易船が港に付く頃にキャラバンも到着するように移動するってこと?」

「そういうことです。それでもこの町には数週間滞在しますよ。久々に落ち着けますね。」

 

「うん、嬉しい。砂漠よりも海岸の方が落ち着くわ。」

 

「それじゃぁお嬢の元気が出るもの沢山作らないとな。ここは新鮮な材料が揃ってるから腕がなるぜ。お、ちょっとあそこ見てもいいか?」

 

料理長は野菜の並ぶお店に興味津津だ。久々にすごく楽しい。ハイゼといる時とはまた違う、まるで友達と遊んでいるみたい。ねぇハイゼ、帰れる日がまだ先だとしてもいいやって少し思えるようになったのは、決して投げやりや無責任でのことじゃないよ。

 

 

 

 

光姫たちが沢山の荷物と共にキャラバンの元に帰ると、一団は全てのニロを含めて町外れの少し古い建物に移動した。ここはルベンズ・キャラバンが昔から使っていた場所で、海岸ではテントではなくこうした建物を使っているという。大陸の反対側(つまり東側)にも同じようにあるらしい。ここでもあたしの場所はハイゼと同じ部屋の一角。一人の部屋がいいならって隣りの部屋を勧められたけど、でもそこでは何か落ち着かない。夜眠れないかもと心配していたけど、直前になってハイゼが自分の部屋を半分譲ってくれた。

 

「ごめんね、部屋狭くなっちゃったね。」

 

「いいよ。そういえば買い物はできたのか?」

 

ハイゼは腰巻きを外しながら光姫に問う。

 

「うん、ほら。」

 

あたしは濃い茶色のマントを取り出した。本当は3ルフィルを超える品だったのだけど、テオさんが随分値切って2ルフィル55ケルータで買うことができた。

 

「他にも櫛とか鏡とかね、ちゃんと用事済ませたわ。だからこれ、返すね。」

 

光姫はお金の入っていた小さな袋をハイゼに返した。中にはまだ2ルフィル弱残っている。

 

「ありがとう。ハイゼが用意してくれてたんでしょう?」

 

「まぁそうだけど、別にわざわざ返す必要はねぇのに。また何か必要になるかもしれないだろ?」

 

「うん、でもいいの。あたしよりも他のことに使って。」

 

ハイゼがぽかんと出した手に、そっと袋を乗せた。

 

「変わってるな、お前は。無欲というか何というか…。」

 

ハイゼが淡いランプの光を背に微笑む。

 

「あたしの国の国民性…かな。謙虚や遠慮はいいことだっていう風潮があるの。」

 

「でも…それだけじゃないだろ?」

 

オレンジの目であたしを見つめる。言葉が返せない。鼓動があまりに激しくて声が震えそう。

 

「…まぁいいさ。取りあえず受け取っておくよ。部屋、寒くないか?」

 

「え?うん、平気。」

 

むしろ暑いくらいだよ。

 

「そうか。俺は明日もずっと取引だけど、また料理長か誰かをつけるから。好きに町を回ってな。」

 

「うん。ありがとう、ハイゼ。いつも…」

 

あたしはもう返しても返しきれないものをハイゼからもらってる。

 

「気にしないで、もう寝な。ここの方が落ち着くんだろう?」

 

ハイゼは口ではそう言いながら、光姫の下ろした髪に右手で触れる。あぁ…そんなに触らないで。今はこの鼓動も体温も、髪を伝ってあなたに知られてしまいそう。

 

 

この気持ち、今までの恋愛感情と全く違う。これは世界を超えて出会ったからなの?ううん、きっとそうじゃない。まだ上手く言葉にできないけど、もっと別の何かがある。全てのことに意味がある世界…、でもこの気持ちには強制される意味なんてないような気がしてた。

 

 

 

 

      

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