光姫は両側を二人の男に囲まれて町へと繰り出した。バザールの建物と素材は同じなのに、海風に耐えられるようにか港のそれはすごくしっかりしている。海に面しているだけあって魚介類を扱うお店も多くて、色とりどりの魚は今自分がいるのが異世界だという事をイヤでも思い知らせる。道すがら、天然石のアクセサリーの並ぶ店や反物を売る店が目に入る。どれも細かい装飾があたしの心を惹くけど、ハイゼのくれたお金で一体どれだけのものが買えるのだろう?あたしはまだこの世界の貨幣価値を知らない。

「あの…この袋の中にはどれくらい入ってるの?」

「確か6ルフィル80ケルータくらいですね。」

テオレルが小声で返す。ここでは大っぴらにお金の話をしては危険だからなのね。それはいいけど、お金の単位がまったく分からない。

「それって具体的にはどれくらい?ごめんなさい、あたしまだ全然知らないの…。」

光姫も小声で話を続ける。周りに聞こえないように、それに何も知らない自分を恥じるように。

「なんだ、まだお嬢にちゃんと説明してなかったのか?」

「いや、なかなかそんな状況ではなかったし、それに私たちが一緒なら大丈夫かと思っていたから…。でもこの際知っていたほうがいいですね。路上で硬貨を出すのは危険なのでとりあえず口頭で説明します。あとで確認してくださいね。」

「う、うん。」

あたしはもう少しでお金の袋を開けるところだった。テオレルの言葉に急いで袋の口を握り締めた。

「硬貨の種類は金貨・銀貨・銅貨の3種類あります。銅貨の単位はケルータ、一番薄くて小さい銅貨が最小貨幣単位で1ケルータになります。同じ銅貨でもひと回り大きいのは10ケルータ銅貨、これが10枚つまり100ケルータで1ルフィル、銀貨1枚分になります。」

円に置き換えるなら100円、500円、1000円みたいなものなのかな?金額の倍率が違うから余計分かりづらい。更にテオレルは続ける。

「実際の硬貨はありませんが、ルフィルは10枚でレ・ルフィーラという呼び方に変わります。このレ・ルフィーラが10個分、100ルフィルで銀貨から金貨になってトストルという単位になります。」

「レ・ルフィーラ?呼び方が変わるのに硬貨は変わらない?」

「そう。でもレ・ルフィーラとトストルは商業上の貨幣単位なので厳密に覚えていなくても大丈夫ですよ。個人の買い物ではそこまで高いものはありませんし、仮にレ・ルフィーラに達していてもルフィル換算する人が多いですからね。」

「んだよ、それなら最初からルフィルとケルータだけ教えてりゃ良かったじゃねぇか。お嬢を混乱させて悪い奴だな、なぁ!」

料理長はあたしの頭に大きな手を置いて同意を求めた。10代の身体の小さなあたしはまるで子供扱い。でもイヤではない、どこか安心する。ご飯を作ってキャラバンを養っていることが、料理長の父性本能を刺激するのだろうか。

「でも教えてもらわなかったらいざ聞いた時に分からないし、聞いといて損はないわ。どっちにしろルフィルとケルータだけで既に混乱してるしね。」

光姫は柔和な笑みを浮かべる。

「おぉ…お嬢は本当に出来たお嬢さんだな。うんうん、他に何か聞きたい事はあるか?おいたんが何でも答えさせるぞ、テオに。」

「私ですか…。別にいいですけど…」

テオは苦笑した。光姫は久しぶりに声に出して笑った。料理長は料理以外でもあたしを和ませてくれる。

 

 「実はいくつか聞きたいことがあるの。」

テオと料理長を交互に見やる。

「なんでしょう?」

「さっきアナトールって人がハイゼの事を“ルベンズ”って呼んでたけど、あれって一体何なの?」

「俺たちの名前さ。」

料理長が店頭の魚を歩きながら見て答えた。

「名前?」

「キャラバンの名前なんですよ。うちはルベンズ・キャラバンっていうんです。」

「へぇ…ルベンズってどういう意味?」

「意味というか人の名前です。前の御頭がコート・ルベンって人だったから。」

「それでその後を名前を変えずにハイゼが継いだのね。あ、そういえばどうしてハイゼは御頭になったの?」

「どうして?」

言ってる意味が分からない、というような表情でテオが言葉を繰り返す。でもその裏で一瞬だけぎくりとした顔を浮かべたのをあたしは見てしまった。

「つまりね、ハイゼってまだ若いでしょ?年相応って言ったら失礼だけど、それならバーディンさんのほうが御頭って感じじゃない?」

この質問はタブーかなとは思ったけれど、思い切って聞いてみた。何よりあそこで会話を終わらせたら何かに勘付いたって示すだけだし。それに本当に知りたかった。ハイゼはあまりこういう話をしないから…。

「まぁ、確かにな。」

料理長は今度は何かの香辛料に目を奪われている。

「俺がキャラバンに入った時にはハイゼは17歳の時点でもう御頭だったぜ。」

「ぇえ?!17歳で?なんで?」

「なんで?だって。テオ、御頭とはお前の方が長い付き合いなんだろ?」

光姫と料理長の視線がテオに集中した。テオは“どうだったっけ?”と考えるフリをして、実はどう切り替えそうか悩んでいるに違いない。

「さぁ…どうだったか忘れました。気になるなら今度御頭に聞いてみたらどうですか?」

「そう…ね。」

無理だと分かっててそういうこと言うのね。そうまでしてこの会話を終わらせたいんだ。ハイゼには何があったのかすごく気になるけど、ここはこれ以上突っ込まないでおこう。皆がわたしにそうしてくれているように…。

 

 

       

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