キャラバンは順調に進み、心地よい風の中、午後には潮騒が聞こえるところまで来ていた。足元も埋もれるような砂だけではなくて、その下に岩があるような感覚がニロに乗っていても伝わってくる。太陽熱の照り返しも随分少なくて、砂漠にいるよりも海岸線の方がずっとあたしに合っている。

「おぉ!ルベンズ!!今回は少し遅かったな!」

いきなり大きな声が聞こえてくる。あたしは恐々ハイゼの後ろから少しだけ顔を出して覗き見た。

「なに、いつものことだ。アナトール、久しぶりだな。」

ハイゼがその声の主に応える。あれ?でも今“ルベンズ”って呼んでなかった?ハイゼって、確かファミリーネームは“ルーファス”じゃなかったっけ?そんな事考えている内にハイゼがひょいっとニロから降りた。他の人たちもそう、あたしも急いでニロから降りた。そうしてキャラバンの一団はそのままニロを引っ張ってある船の前まで行くと、キャラバンは今まで一度も紐を解かなかったとりわけ大きな荷車を開け始めた。この荷車はこのアナトールという西大陸の交易人に売るためのものだったのね。交易船のほうからも男の人たちが荷物をいくつか運び出してきている。

それぞれの物を売り買いするというよりは物々交換といった方が近い。お互いが損をしないように取引をし始めた。ハイゼは完全に御頭モードでアナトールとずっと話し込んでいる。アルフもバーディンさんも皆忙しそう。あたしはまたキャラバンの隅っこで一人で待ってるしかない。

交易船はあたしが思っていたものほど大きくはないけれど、全てが木製である事を考えるとやっぱり圧倒される。帆には何も描かれていない代わりに、船の側面に何か特別なマークが描かれている。多分、交易グループのシンボルか何かなんだろうな…。もしここが東京のお台場だったら自由に散歩でも何でもできるのに、海を目の前にしてやることがないなんて退屈。

「ミツキさん。」

ぼーっと海を見ていたあたしは、ふと呼ばれて顔を上げた。

「テオレルさん…」

テオレルは糸目に細身のキャラバンの構成員。もちろんバザールでの取引もニロの世話もそれなりにするけど、本職はどうやら会計らしい。時々ハイゼ(とあたし)のテントに来ては、なにやら利益や誤差などの話をしていた。

「テオでいいですよ。はい、これ。」

テオレルは光姫に小さな袋を差し出した。

「これって…なんですか?」

光姫はとりあえず受け取って尋ねた。袋の中からはカシャンと音がする。

「お金です。御頭から渡すよう言われてたんです。港町は質のいい腰巻やマントがありますから、それで買うようにって。ミツキさんのは少し薄手ですからね、新しくした方がいいですよ。」

「ハイゼが…?」

ハイゼの言ってた用事って買い物の事だったのか。

「行くなら私も付き合います。いい物を値切るのは私も役目なんですよ、それに…」

「俺も行くしな、これなら安心だろ?」

テオレルの後ろからガタイのいい30代後半の男性が姿を現した。

「料理長!」

彼のことはあたしだけじゃなくてハイゼも他の人たちも“料理長”と呼んでいた。その名の通り、彼はキャラバンの給仕係だった。本名はダニー・メリフィールドというのだけれど、その昔はあるバザールのレストランで働いていたことや調理の手際の良さから“料理長”の呼び方が定着していた。見た目に違わない豪快な料理が多い反面、あたしに対しては時々特別メニューを用意してくれたりして、特にハイゼが事情を話してからはより食の方面で気を遣ってくれていた。

もちろんテオレルもハイゼが事情を話した一人。とはいえ、テオレルとは今に至るまで料理長とは違って直接関わる事はなかったけれど、さすがにお金を扱うだけあって口は堅い。だからハイゼが話したのね。

「ありがとう、二人とも。」

「なぁに、港じゃいつも買出ししてるからな。お嬢の買い物くらいお安い御用さ。行こうぜ。」

料理長はあたしの方をぽんと叩いて促した。ハイゼが“大丈夫だ”って言ったのは、この二人が付いてくれるからだったのね。光姫は振り返ってハイゼを見た。ハイゼは振り返るどころか気付きもしてくれない。でもいいんだ。ちゃんと考えていてくれたことが嬉しい。

 

      

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