砂漠の風にどこか湿気と磯の匂いが混ざる。アルフの行っていた通り、もうすぐ大陸の西側に出るのね。風向きも最初に来たときと確かに違う。今までとは逆に西から東へと風が吹き始めて、もう数日が経っていた。空には雲、もう随分と見ていなかったっけ。

「海が近いの?」

ニロの上であたしはハイゼに問いかける。

「ああ、海が珍しいか?」

「うーん…そうでもないわ。あたしのところは直接海に面してはいないけど、砂漠よりはずっと近い環境よ。」

「ふぅん。」

会話が終わっちゃった。基本的に昼間のハイゼは御頭モード。笑いかけてくれるどころか滅多に振り向きもしてくれない、なんだか憎たらしい。

「結構大きい船が来航するんですよ。オレたちが着くのは明日か明後日くらいですけど、そろそろ見えてくるかもしれませんね。あぁ…でも今日はちょっと見通しが悪いか…。」

アルフが光姫を見たり先を見たりしながら話しかけてきた。ナイスタイミング、まさに助け舟。

「へぇ、でも船が見られるなんて楽しみだわ。大きい船は滅多に見られないもの。しかも西からの荷物を運んでくるんでしょう?」

「そうですよ。でも港町では本当に気をつけてくださいね。はぐれたら戻ってこれなくなりますから。」

確かに治安の悪いイメージがある。

「そうね、離れないようにするわ。」

「それなら大丈夫だ。」

ハイゼがいきなり会話に戻ってきた。

「その代わり町での用事は済ませておけよ。」

「え?用事?」

あぁ、ダメだ。やっぱり会話が途切れる。まだまだ御頭モードのハイゼにはついていけない。

 

 

  「うわぁ…」

次の朝にテントから出てあたしは思わず感嘆の声を上げた。砂とテント以外の風景を見るなんてなんて久しぶりなんだろう。遠くに海が広がっているのが見える。アルフが「見えるかもしれない」と言っていた所からは天候の関係で見ることは出来なかったけれど、少し進んで翌日には焼け付くような黄色い砂と水平線を伴う海の青が綺麗なコントラストを見せていた。あたしはまだ気温の上がりきっていない朝の砂漠で、久々に気持ちのいい風を感じていた。

「見えたか?」

ハイゼもテントから出てきた。

「うん、海よ!すごいわ…!」

いつか海外で地平線を見たいとは思っていたけれど、水平線がこんなに恋しく見えるなんて…。懐かしい、そして淋しい。風で目が乾いたせいか、それとも本心からか、あたしの目の前は涙でかすんだ。でも…泣かない。泣く事はなぐさめてくれたハイゼに対する裏切りみたいなものだから。

「飯食ったら出発だ。」

ハイゼが寒々しい半袖のあたしに、自分が羽織っていた布(この赤い布はハイゼがいつも腰に巻いているものだ…)を肩にかけてそう言うと、再びテントの中に戻って行った。あたしは肩にかかる布をぎゅっと握りしめて、もう一度海を見た。大丈夫、もう涙は出ない。海からの風が強く吹き付けて、あたしのスカートが何度かハタハタとなびいた。

 

         

      小説TOP(FG)へ