バザールの外れの一角に、キャラバンは滞在のためのテントを張った。単なる三角錐のテントではなくて、ちゃんと天井部分がある円錐の頂点が尖った形をしたテント。一つのテントを3〜4人が一緒に使っている。あたしの居場所はハイゼのテントの中。もちろん出来れば一人のテントが欲しかったけどそれほどテントの余裕はないし、何より一人でいるのはかえって危険。だからといって数人の男の人と雑魚寝は考えられないし、女の子はあたし一人だけ。そんな訳で他のテントよりやや広く、それを一人で使っていたハイゼのテントを一部仕切ってあたしの場所ができた。場所といっても簡易ベッドと少しのスペースしかないけれど、寝泊まりにしかテントを使わない生活ならなんら問題はない。座って半畳寝て一畳って本当だったんだ。

「ミツキ。」

隣りからあたしを呼ぶ声がする。

「何?」

光姫は仕切りの出入り口から半身を出してハイゼに応えた。

「おいで。」

ハイゼは自分のベッドに腰掛けていて、目の前のイスに座るように促した。あたし何かしたっけ?やっぱりさっき問い詰めたこと、怒ってるのかな?

「そろそろはっきりさせておかないとな。」

声も表情も優しいけど、どことなく厳しい雰囲気がある。

「はっきりって…何を?」

「お前が本当はどこに帰りたいのか。」

「…え?」

光姫の顔がひきつる。

「初めて見た時から変わった服を着てたから遠くから来たんだろうなって漠然と思ってた。でもさっき言ったな、“私の世界では…”って。」

「あ…。」

そうだ、思わず口走ってしまった。感情に任せて何も考えてなかった。ハイゼはちゃんと聞いていたんだ…。

「信じられないけど、もし本当に別の世界から来たんなら、このままなぁなぁでいたって帰れないぜ。」

「…うん。」

分かってる。だけど返す言葉が見つからない。何から話したらいいの?沈黙が痛い。

「…今話したくないならそれでもいいよ。」

ハイゼが溜め息混じりに呟く。

「ううん、違うの。そうじゃないの。」

本当は知ってもらいたい。

「ただ…上手く言葉にならなくて…」

「お前の話したいように話せばいいさ。ミツキ、お前はどこに帰るつもりだ?」

「あたしは…」

そうだ、正直に話そう。世界が違うんだもの、話が分からなくて、信じられなくて当然。でもハイゼなら…

「あたしは東京に帰りたい。」

やっと言えた。東京の言葉に郷愁がわく。

「ハイゼの言う通り、東京は別の世界の都市よ。遠いけれど近い場所。」

「遠いが近い…どういう意味だ?」

「その時さえくればあたしは多分簡単に帰れるの。具体的な方法もタイミングも分からないけど、今までずっとそうだったから。あたしがこの世界に来るのは実は初めてじゃないわ。何度も行き来してたの。今回は…何故か帰れなくなっちゃったけど…。」

光姫はうつむく。

「なるほど…」

これは思っていたより厄介だ、とハイゼは思った。“その時にならないと帰れない場所”と最初に聞いた時、自国で紛争かクーデターかが起こって、それが沈静化しないと帰れないという意味なのかと考えていた。しかしそれでも不審には思っていた。ここ最近軍事的な争いが起きた話は聞かなかったから。異世界へ帰る方法…来る方法がないとは言わない。だが、自分のよく知るこの世界にそんな方法が有り得るのか?

 

 ふとハイゼは顔を上げた。その目に不安そうな光姫の顔が映る。

「お前の世界はどんな感じなんだ?」

少女の不安を拭うようにハイゼは尋ねた。

「あたしの世界?…よく分からないわ。あたしにとっては普通だから…。」

なんて嘘。本当は元の世界を思い出したら寂しくなるから考えたくないだけ。

「じゃあミツキから見てこの世界は?」

ハイゼが気がついて話題を変える。

「この世界は…あたしの世界にある別の国によく似てるわ。そこも砂漠で似たような職業の人がいると思う。でもやっぱりこの世界は不思議。ちょっと違うわ。」

「例えば?」

「例えば…あたしはこの世界は全ての事に意味があるって思ったわ。生きる事にも死ぬ事にも、人の売り買いもそう。ここでは理不尽なだけの事が起こらない、でしょ?」

「…確かにそうかもな。お前のところは違うのか?」

「あたしの世界は必ずしも全ての事に意味があるとは限らないわ。だからこそ起きた事に対して意味を求めてる。意味がある事は慰めだから。」

あたしもそう。あたしも意味を求めてる。この世界に閉じ込められた意味を。でも分からない…分からないよ…!!意味さえ突き止めれば帰れるだなんて誰も言っていないし、なによりあたしがこの世界に閉じ込められている意味なんて本当にあるの?

「大丈夫さ。」

ハイゼが前屈みに光姫の手を取る。

「この世界じゃ理不尽なだけの事は起きない、だろ?お前が元の世界に帰る意味も方法もきっとある。」

ハイゼがまっすぐあたしを見つめる。この世界に来てもう何度ハイゼに救われただろう。だけど…だけど後になってから思った、この時いっそ子供のように大声で泣いてしまえばどんなに楽だったかと…。ハイゼの言葉は確かにあたしの涙を塞き止めてくれた、それはいい意味でも、悪い意味でも。泣かない勇気、泣けない空気、どちらもあなたがあたしに与えたものだから。

 

         

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