バザールは日が落ち始めて涼しくなってきた。賑わっていたキャラバンも平静を取り戻して店じまい、今日の滞在先に移動する。
「ハイゼ、聞きたいことがあるの。」
光姫は片づけがほぼ終わって一息ついていたハイゼに声を掛けた。ハイゼは光姫の真面目な表情にきょとんとしながら振り向いた。
「なんだ?どうかしたのか?」
御頭モードの切れたハイゼは少年みたいな優しい笑みを浮かべる。問い詰めようといきこんだ気持ちがくじけそう…。でもやっぱり聞いておきたい。
「キャラバンは…人身売買みたいなこともするの?」
「そりゃするさ。」
「どうして?!」
「どうしてって聞かれてもなぁ…ていうか何でそんなに怒ってるんだ?」
「だって…だって人を売り買いするなんて非人道的だわ!他の品物を売るだけでもあんなに人が集まってお金になるんでしょう?だったらわざわざ人売りまでする必要ないじゃない!」
「うーん…言ってる意味がよくわかんねぇけど、お前の国じゃいけないことなのか?」
「いけないことよ!あたしの世界じゃずっと前から禁止されてるもの。」
「ふーん…」
ハイゼはおもむろに赤い腰巻を結びなおして立ち位置を変えた。
「別にこっちじゃぁ人の売り買いは悪い事じゃないぜ。むしろ慈善事業だ。」
「慈善事業?」
「もしお前がダンサーになりたくて俺たちにくっついて来てたんだとしたら、俺は迷わずあのオヤジにお前を売ってたよ。でもお前はダンサー志望じゃない。だから売らなかった。」
光姫はまだ腑に落ちないといった表情でハイゼを見つめる。ハイゼもまた夕日でよりオレンジに見える瞳で光姫を真っ直ぐに見ている。
「例えばどっかのバザールにダンサーになりたい娘がいたとして、そのバザールに大した店がなかったらどうすると思う?」
「どうって…いいお店を探す、とか?」
「そうだ、だけどいくらいい店が他のバザールにあることを知ってても、こんな砂漠を一人で横断しようなんて馬鹿はいない。自殺行為だからな。だから砂漠を渡る集団にくっついていくしかない。キャラバンは他のバザールに単独で行きたい奴にとっては格好の舟なんだよ。」
「それで他のバザールについたら、どこかのお店に買われるの?」
「あぁ、でも売るとか買うとかっていうのは建前だ。店が支払う金額はほとんどが本人に支払われる。砂漠を越えてまで職を求めてきた熱意に免じてな。連れて来たキャラバンにはその3割が手間賃で支払われるけど、はっきり言ってそんなの何の利益にもならねぇ。むしろ赤字だ。ニロだとか食事だとかの方がよっぽど金と労力がかかる。」
ハイゼは腕を組んで話してる。この表情、本当に収入効率が悪いのね。
「まぁだからって断るわけにもいかないしな。今まで何人も他のバザールに連れて行ったよ。ダンサーもいたし、織物職人もいた。孤児を預かったこともあったな、あれが一番大変だった。」
あぁ…そうか。ここは全ての事に意味があるんだった。だからこそ理不尽なだけの事は決して起こらない。故郷を離れて、家族と別れて、それでも他のバザールで働きたい。キャラバンの人売りには職業斡旋の意味があるんだ。
「あ、ごめんなさい。あたし勘違いしちゃって…」
早まった自分が恥ずかしいし情けない。
「いいさ、文化の違いはどこにでもある。お前のとこで禁止されてるなら怒るのも分かるさ。」
夕日にハイゼの優しい微笑み。あたしの胸がドクドク打つ。
「ハイゼ…」
「それとも買われそうになったのをもっとかっこ良く断って欲しかったか?」
「んな、そんなんじゃないもん!!」
そんなに強く否定して、これじゃイエスと同じこと。ハイゼもさっきまでの大人の表情はどこへやら、一転してイジワルな男の子みたいな笑い方をする。
「そろそろ行くか。日が暮れるしな。」
「うん。」
西日に全てが紅く染まる。でもハイゼ、あたしの顔はそうじゃなくてもきっと真っ赤だったよ。