完全な砂漠とはいえない低い木々が疎らに生える丘を登っていくと、ソロラスはその威圧感を次第に強めていった。カイがダルとともに砂地に足を取られながらも息を切らして登りきると、砂を踏むサクサクという足音が一転、固いものの上を歩くようなコツコツというものに変わっていった。いつの間にか二人はソロラスに入り込んでいたのだ。確かに出口と言われるだけあって、それと思えるハッキリとした境を設けておらず、もしソロラスという街に顔があったなら、そっぽを向いていた事だろう。

 それにしても不思議な街だった。少なくともカイの思うところの聖地ではなかった。カイが「聖地」と聞いて思い浮かべたのは、宗教に関連のある豪華な建物があり、遺物や遺跡が恭しく飾られているような場所で、こんな人気を欠いた寂れた雰囲気の土地を、とても聖地とは思えなかった。これではまるで廃墟だ。

「建物の色が違うのには何か意味があるのか?」

カイは崩れかけている茶色っぽい壁の建物の間に、だんだんと白い壁の建物が増えてくるのに気が付いて尋ねた。

「意味というか…茶色の建物は俺たちツァラトラの民が建てて使っていたものです。白いのはオルタスのもので…といっても彼らはこの地に居住していませんがね。」

「それじゃあ何のための建物なんだ?」

「え〜…確かオルタスの巡礼をいうのが何日もかかるだとか。そのための宿泊施設であり、あとは聖地維持の駐在のためとも聞いています。」

ダルは頭に手をやりながら、困ったような表情で答えた。おそらくベルタの受け売りなのだろう。

「駐在…か。それはどこに?」

「多分黒き泉の近くかと…。申し訳ないのですが、俺も場所をよく知らないのです。ですが、オルタスの民のことを知るのであれば、図書館はいかがですか?そこなら確実にご案内できます。」

ダルは何とか役に立ちたいという一心で、慌てて図書館の話を切り出した。

「頼む、ダル。」

隻腕の男は軽く頷いて、先導するように歩き出した。

 

 そうして歩きだした二人の正面、やや南寄りに白い大きな建物が見えていた。カイの想像していた聖地と違わぬそれは、明らかにオルタスの聖堂を思わせた。どうやら図書館へ行くにはその聖堂の近くを通るらしく、大聖堂を見上げるのはだんだんと辛くなっていった。

聖堂は北に向いている方に扉があり、その正面には広場があった。広場の中心には一際大きく立派な像が据えられ、像の回りは装飾目的の柵で囲まれている。見上げてみれば、像はどこかやつれたような哀愁を漂わせた男だった。肩から足首にまでかかるような長いローブ姿で、髭はないがゆるくウェーブした髪が腰まで伸びている。オルタスはロ・エスルベという人物を崇める宗教だと聞いていたが、おそらくこの像がその人物なのだろう。カイの目から見ても、どこか神々しさを湛えているのが分かる。

「もうすぐ図書館ですよ。」

ダルは足を速めた。彼は一度も顔を上げて立像を見ることがなかった。

 

 大聖堂の輝くばかりの白壁と違い、図書館の壁は灰色に薄汚れていた。かといって、ツァラトラの建物ほど茶色くも古くもなく、オルタスがソロラスを治めたという半世紀前の質感を思わせた。扉にも柱にも立像の男を思わせる彫刻があり、オルタスの民が大聖堂の次に大切にしているのだろうとカイは思った。

前を歩いていたダルは、ふいに立ち止まって脇によけると、図書館の上部の模様に気をとられて歩くカイを自分より前へと誘った。そのままダルが話しかけなければ、カイは図書館の列を乱して建っている柱に、真正面からぶつかっていたかもしれない。そんな実に危ないところで、カイはダルに話しかけられて立ち止まり振り返った。

「ではカイ殿、中ではくれぐれも気をつけて。」

オルタスにか、それともどこかにぶつからないようにか。

「ダルは入らないのか?」

「ええ。俺はオルタスの建物には入らないと決めているのです。ここで待っていますから。」

「それなら待つ必要はないよ。いつまでかかるか分からないし、先にツァラトラのテント村に帰っていてくれないか?」

「そういう訳には参りません。俺は護衛の神官ですから、あなたを無事にツァラトラまでお連れするよう、それが俺の務めです。」

「しかし…、このまま真っ直ぐツァラトラに帰るとも限らないんだよ。」

カイは半ば躊躇しながらも続けた。

「全てが済んだらツァラトラに帰るから。」

吉と出るか凶と出るかと賭けに出たカイの発言は、負けに終わった。ダルはその言葉にギラリと鋭くカイを見据えると、ぴしゃりと一言言い放った。

「ならば尚更です。」

結局カイはそれ以上ダルを説き伏せることが出来ず、ならべく早く戻ると約束して、一人図書館へと入って行った。

 

 

 

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