簡易住居は外から見るよりもずっと開放感があり、周りを囲む普通のテントの二倍以上の収容面積がある。柱は丁寧に彫りこみがされており、住居の布地と似たような浮き彫りの上から朱が施されていた。その柱を下から上へと目線を移動していくと、最終的に空が見えた。天井部分の柱の周り、半径一メートル弱ほどが穴に加工されている。排気口のようだ。とはいえ、別段火を焚く場所が据えられているわけではない。ふと目を通常の高さに戻すと、既に入り口の正面に当たる位置に上座が作られていた。上座には五十〜六十センチメートルほどの高さの黒い塊がおかれていた。それは二匹の竜が盆をくわえている置物で、上座の中心からずらされており、村人はカイにそこに座れと言った。カイはとりあえず素直に座ったが、振り返ってみれば、なるほど、その位置が酋長や族長といったリーダー格か、そうでなければそれこそ神の位置する場所であることは明らかだった。カイの申し出は今ひとつ伝わっていなかったのである。

「…どうしてもここに座ってなければなりませんか?」

カイは遠慮がちに尋ねた。

「できればそう願いますが、我らはあなたの気の向くままに従います。」

「そうですか。」

カイは上座を下り、老賢者や他の者と同じように地べたに腰を下ろした。すると老賢者は隣の男に目で合図をして、それを受けた男は立ち上がり(足を怪我しているらしく引きずって歩いている)、二匹の竜の置物を上座の中心に据え直すと、その盆に火を灯した。カイが地べたに座ったことに、簡易住居内の人々はうろたえはしたが、かえってそれが良かったのかもしれない。カイは口でどんなに否定するよりも、ずっと簡単に彼らはカイの事をきちんと理解し始めていた。

 

「いくつかお聞きしてもいいですか?」

カイは切り出した。クリフォスの赤い光はだいぶ薄くなっていた。(しかし人々のカイに対する思いは何ら変わらなかった。住居の入り口に近いところで「お怒りが静まっていくぞ」と誰かが呟くのが聞こえた。)

「なんなりと。」

「あなた方は…拝火教徒ですか?」

カイは背後の火の灯る置物を一瞬見やった。

「いかにも。聖なるツァラトラのアグナ神は、二匹の竜を従えた炎の神です。炎ゆえ決まった姿を持ちませんが、我らは燃ゆる炎にアグナ神を見、聖なるものとして崇めております。」

「では聖地とは?」

「我らは聖地を<\ロラスの黒き泉と呼んでおります。その地下にはアグナ神の息吹と血が宿っており、地上に炎をもたらすツァラトラの中心部でありました。」

「あった、というのは?」

「…今我らは彼の地を離れております。もちろん本意ではありませんが…。」

「何故?」

老賢者は口をつぐんだ。他の者達もお互いに目を合わせて、一言二言何か言ってはうつむいた。カイのそれ以上何も聞かなかった。しかし老賢者は途切れ途切れながらも話し始めた。

「…この辺りにはツァラトラの他に別の宗教がありましてな、その名をオルタスといってロ・エスルベという人物を神とする集団なのですが、数十年前に長きに渡り伝説であった聖地が判明しましての。それが我らの聖地・ソロラスの黒き泉に非常に近い場所にありましてな。」

老賢者は一息ついた。すると置物に火を灯した男が言葉を続けた。

「彼らが言うには、今崇めている神が生きていた頃に住んでいたのがソロラスであり、その者は黒き泉で命を果てたと伝説が残されているらしいのです。私たちは共存するつもりはありませんでした。しかし、彼らが巡礼し町に祈りを捧げるだけなら、と譲歩しました。けれど彼らは黒き泉を潰し、その上にロ・エスルベを祀る建物を建ててしまったのです。火をどこででも燃えるが、ロ・エスルベの果てた地はここしかないというのが彼らの言い分です。」

男は悔しそうに唇をかんだ。

 

「オルタスの民は、黒き泉に眠るアグナ神の血だけは全て我らに譲ると言ってはおりました。ですが、いつの間にかソロラスを無条件でオルタスに渡さなければならないような風潮になりましてな、何故そうなったのか、わしにもよく分かりません、国際政府が関わっていると言う者もおりましたが、今となっては本当かどうか知る術もありませんし…。ただそんなことよりも、アグナ神の血も息吹も、そしてそれを有するソロラスの地全てを奪われたことだけが悔やまれ、残された我らは流浪するしかなくなっていたのです。」

老賢者はそう話しながら、がっくりと肩を落とした。するとそれを庇うように、老賢者の(カイから見て)右隣の隻腕の男が言葉をはさんだ、

「もちろん俺たちはソロラスを守るために戦いました。ソロラスが別の宗教の聖地でもあると分かったその日から、俺たちはオルタスを近づけまいと日々戦いました。」

「…だけど守れなかった。戦い始めて五十余年。もはや戦力も削られ尽くした…!」

先ほど引きずっていた足を見つめながら、もう一人の男がたしなめた。カイはあえて何も言わなかった。争いはこの世界にも存在していた。もちろんそれは既に予期していたことだったが。

「…あなた方の言うソロラスとは、森の向こうにある街のことですか?」

カイはふと森の反対側にあったあの人気のない街を思い出して尋ねた。

「そうです。あの街の中心に黒き泉が聖なる炎をたたえているのです。しかし、今あの地にはオルタスの建物が次々と建てられ、完全に巡礼のための街となっており、人は居住していないと聞きます。」

「そうですか…」

カイはそれっきり口元に左手をやると、そのまま黙って深く考え始めた。宗教間の争い。自分達の信じる神のために続く戦争。世界の姿がどこかにあるのなら、ツァラトラ、オルタス、国際政府のどれかに隠れている可能性は高い。ここに留まっているだけでは駄目だ。この世界を回る。そうすれば見えてくるはずだ。いつだってそうだったのだから。

 

 

 

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