戻ってきたテント群では、人々が活動を始めていた。カイは何とか右腕だけでも振りほどくとマントの下に隠していたが、揺らめく赤い光はどうやっても隠しきれなかった。そんな彼がひとたび村に入ると、テントの住人たちは驚きの表情を見せるやら、お辞儀をするやらで、先ほどまでの静けさはすっかり破られてしまった。

 

 村の奥、一番立派な彩色が施されたテントから、かなりの高齢の老人が出てきた。色黒の肌に刻まれたシワは数え切れないほどで、その一つ一つが何かを物語っているかのように、その老人は村の賢者に見えた。老賢者はカイにゆっくり近づくと、人々がやったのと同じようにお辞儀をした。近くで初めて見て取れたのだが、彼らは両の手首を両手で掴み、二回はそのままお辞儀を、三回目はその腕を高く上げて深々とお辞儀をしているようだった。どうやらここは宗教じみた世界らしい。やがて長い白髪の背の低い老賢者が話し始めた。

「遠き彼の地より、よくぞお出でくださいました。ツァラトラの神よ。あなたの来訪に、心からの感謝と喜びを申し上げます。また同じく謝罪の念、申し上げますことを聞き入れて頂きたく願います。我らはツァラトラの聖なる地を守ることが出来ませんでした。あなたの宿るべき場所は、必ずこの地にご用意いたします。どうかお許しを。」

カイの周りの一同が一斉に頭を下げた。カイは戸惑った。

「待ってください。あなた方は何か勘違いしています。私は神などではありません。私はあても目的も分からないままに旅をする流浪の者です。」

「分かっております。それも全て我らが聖地を離れ、流浪になったが故であります。どうかお鎮まりください。」

カイの言う事はなかなか伝わらない。

「何故私が神なのです。」

カイは聞き方を変えた。

「あなたはその体に火を宿しておられる。そのようなことが出来るのは、ツァラトラの聖なる神に他なりません。」

老賢者は恐れ多いといった態度で話した。カイはなおも隠しきれないでいる光に一瞬目をやり、少し強い口調で言った。

「これは火ではありません。ただの赤い光です。」

カイはマントの下からバッと右腕を出した。実際に見てもらえれば理解してくれると思っていたが、それは逆効果になった。クリフォスの赤い光は、マントという隔たりから解き放たれたことで、より強く光り出し、人々は畏敬の声を上げて次々にひざまずいた。あちこちから経典の一節のような言葉が聞こえてきた。カイは自分でも思っていなかったほどの強い光に驚いて、慌てて腕をマントの下に戻し、左腕でしっかりと押さえた。しかし、それでも光は弱まらなかった。人々もまた祈ることをやめない。

「我らに出来ることは何でも致します。どうかその赤き炎を今ひとたび鎮めて下され。」

老賢者はただカイに許しを乞うばかりである。当のカイにしたって、自分の右腕の光をどうやったら消せるのか、教えて欲しいぐらいだった。

「分かっています。ですが自分でも光を抑えられないのです。私はあなた方に対して、少しも怒ってなどいませんよ。」

カイは努めて冷静に言った。だが、老賢者の側に控えていた男は言う。

「あなたがお怒りでなくとも、ツァラトラの聖なる地が嘆いておられるに違いない。あなたの身を通して、我らにそのお怒りを示しておられるのだ。」

カイはごく小さくため息をついた。これ以上何を言っても同じなら、とにかくこの場を離れよう。

「…私の中にあなたたちの神の怒りを感じるなら、私はこの村を離れましょう。騒がせて申し訳なかった。」

カイはそういって老賢者たちに背を向けて歩き出したが、数歩と行かない内にその歩みを止められてしまった。村人が出てきて、おずおずしながらもカイに行くなとせがむのだ。

「今あなたに去ってしまわれると、我らは神の怒りを見逃したことになります。ツァラトラの聖地は、それを決してお許しにはなりません。あなたが仮に神でないにしても、神の怒りを宿す方として、この地に留まって頂きたいのです。」

老賢者はカイの背にお辞儀を繰り返し、切に願った。カイはとうとう折れた。もはや自分にはこの村に留まる以外に選択肢はないのだ、と。

「分かりました。私はこの村にいます。ただ私あなた方の言うツァラトラの神ではないと、理解して頂きたい。」

自分が神ではないこと、ツァラトラとは何の関係もないこと、赤い光は炎ではないこと、その全てを正確に分かってもらえないなら、せめて一つだけを条件として理解して欲しかった。

「仰るとおりに。ではツァラトラの聖なる神を宿す方よ、ただいま我等の手でお休み所を用意いたします。どうかそこにお留まりを。」

「ああ。」

カイは短く返事しただけで、村の男たちが自分の滞在する事になるテントを組み立てるのを黙って見ていた。用意されたそれは、テントというよりも簡易住居に近く、中心に柱となる木を立て、そこから細い木の枠が住居のドーム型の天井と側面の壁になり、更に白地に黒と赤で燃え上がるような模様の布をかけて完成した。完成した途端、カイは中にはいるよう促された。

 

 

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