そうしてその後地下の独房でどれくらいの時間が経ったのだろうか。カイの計算では1〜2日と思われるが、必ずしも正確とはいえなかった。その間、カイのいる独房にはアルマの他に誰も来る者がなく、どんな情報も耳にすることが出来なかった。外はその数日間ほぼ晴れて爽やかと思われる日が続いていたのに、独房は相変わらずジメジメと冷たく、カイはマントの下で自分の両腕をしっかりと抱いて静かに目を閉じていた。

 ふと人の気配を感じてカイはおもむろに立ち上がった。周りには誰もいない。しかし初めは気配だったものが次第に確かなものに変わり、それと同時に敷石の廊下をこちらへと走ってくる足音が聞こえた。カイが鉄格子の方へ数歩近づくと、突然少し身長の低い人影が目の前を通り過ぎた。

「ラルフ!」

カイの声は地下に静かに響いた。カイに呼び止められた少年は慌てて足を止め、肩越しにカイを見ると息を切らせた汗だくの顔に安堵の表情を浮かべた。

「良かった…カイ。やっぱり…ここに…いたんだ…」

途切れ途切れの言葉にヒューヒューと苦しそうな息が混ざっていた。長距離を、そうでなくてもオーバーペースでここまで走ってきたと思われ、ラルフは言葉の終わりにむせ返った。

「どうしてここに?!誰かに見られたりしなかったか?」

今や二人とも鉄格子に触れていた。一人は自身の支えにするために、一人はもう一方の身を案じるが故にである。

「カイを…乗せてたのと同じ車を見つけて…荷台に隠れて乗ったんだ…。あとは勘だったけど…」

「とにかく誰にも気付かれなかったのはラッキーだった。でもどうしてこんな無茶をしたんだ?ウィニーたちに何かあったら…それとも…まさかもう…」

鉄格子に寄りかかり、いつまでも顔を上げないでいるラルフの様子にどこか泣いているような節を見て、カイの嫌な予感はますますその可能性を高めた。

「見つかったんだ…俺たちの家。俺はいつもの場所に先に行ってて大丈夫だったけど。ウィニーもケイルも父さんも母さんも…皆連れて行かれた。みんな殺されちゃうよ…カイ、俺どうすればいい?」

そう言って顔をあげたラルフの目は真っ赤になっていた。カイは一瞬の内に様々な考えを巡らせた。ここがリトリア軍の本拠なら、敷地内のどこかに総督がいる可能性は高い。それにもはや迷っている時間もないのだ。今この場にいるラルフと、捕まって収容所にいるであろうウィニーとケイルたちが一寸先にどうなるかも分からないのだから。

「ラルフ、少し下がっていてくれ。いや、もっとだ。」

カイに促され、ラルフはカイの姿が独房の仕切り壁で見えなくなる位置まで後退した。ラルフはカイがこれからどうしようとしているのか、うすうす感づいていた。だからこそカイが「下がれ」と言った意味もよく分かっていたし、できるならあの時のあの力を間近で見てみたいという好奇心もあった。もちろんそれに少しばかりの恐怖心がなければカイが言うほどには後退しなかっただろうけど。

 カイは深くゆっくりと息を吐いた。あの力を恐れていたのは本当はカイの方だった。力を使うたび、目の前にいる誰かがおびえる表情を浮かべるのを見るのはほとほと嫌だった。しかし今力を使わないわけにはいかない。クリフォスの力なくして脱出はありえない。だが、それならば私の存在価値とは…?

 

―たとえ君の存在価値が闇にあっても、何も絶望する必要はない…

 

ふと頭に声が響いた。カイはそれまで閉じていた目をはっとしたように見開いた。右腕をかざすと赤い光の向こうで鉄格子が塵になって消えた。

 カイは独房と独房をつなぐ廊下に出ると、マントを止めている紐を解き、マントを脱いだ。そしてラルフの方へ歩み寄るとそれを着せ、首元に集まっている布地をフードのようにしてすっぽりとかぶせた。マントを着せられながら何か分からないでいるラルフに、カイは着せながら言って聞かせた。

「ラルフはここにいるんだ。私と来てはいけない。私がいた部屋にいて私のフリをするんだ。万が一誰かが来ても知らないフリをしろ。ただし死んだフリは駄目だ。近寄られては困るからね。ここの兵士達は私の力のことを少なからず聞いている。その上で鉄格子がなくなったとあれば、私が生きていると確認できる内は恐れて近づきはしないだろう。」

「うん。分かった。」

ラルフは頷いて髪の色が見えないようにフードをより深くかぶり直した。

「さあ。」

カイはラルフの背中を軽く押し、自分のいた独房へと促した。

「事が済んだら必ず戻る。ここで待っていてくれ。」

カイはそれだけ言うと、数日振りの地上へと駆けていった。

 

 

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