カイは多くのエウターナ人がいる収容所には送られなかった。カイにとって収容所へ送られる事は可能性の一つであり、その時はエウターナ人を助けるつもりでいた。しかしその一方で単独で違う場所に拘束されることも十分に予測していたので、現状を理解し、次の行動を考えるのに時間はかからなかった。

 どうやらカイはどこか大きな建物の地下の独房に入れられたらしい。外が見えないように加工された収容車の中からも、そのことは十分に分かった。多くの地下独房がそうであるように、カイのいる場所も冷たくジメジメした嫌な場所だった。いくつか同じような独房があったが、他に人はいないものと思われた。少なくとも話すだけの体力のある人はいない。カイが破滅的な力を持っていることを、例の二人のリトリア兵がどんなに説明しても、多くの兵士はいまいち理解していなかった。というのも、あの墓地で救援部隊が到着してから、カイはクリフォスの力を全く使わず抵抗もしなかったし、冷たい眼も伏目がちにすることで隠していたからだ。

 カイは背伸びをして鉄格子の付けられた窓から外を見た。窓のある位置がちょうど地上の一階に相当していた。遠くに見える塀の高さは大体三メートルぐらいで、そこからカイのいる独房の前の広場まで沢山の建物があることが見て取れた。この建物群のどこかにリトリアのピガル総督がいるのなら、クリフォスの力を使って自力で向かう事も可能かもしれない。

 次にカイは踵を返し、入り口側の鉄格子に触れた。普通の人なら簡単には脱獄できないだろう。鉄格子の幅は子供が体を横にしてやっと通れるくらいだし、太い鉄の棒を自分が通れるくらい広げて壊すには道具も気力も足りないからだ。もちろんカイの場合は別である。クリフォスの力を使えば、どんな鉄格子であろうと壁であろうと脱出する事は至極容易だ。だが、今はその時ではない。カイはただ子供達があの場所から無事に逃げられたか、住居にしているあの廃墟が捜索されていないかなどと考えを巡らすことしか出来なかった。

 

 カイが独房に入ってから二日が経った夜に、一人初めて彼のもとを訪れる者があった。カイはそれまでずっと壁に寄りかかって座っており、その者が来ても体勢を少しも変えなかった。しかし明らかにその者が自分に用があるかようにカイの独房の真正面にいるものだから、カイは非常にゆっくりと少しだけ首を動かし、ほとんど横目でその人物を見た。暗がりではあったが、その者が四十代前半くらいの男でガタイもよく、どこか飄々とした雰囲気を持っていることは十分に分かった。男はしばらくカイを観察するかのように黙って見ていたが、そのうちに話しかけてきた。

「あんたが噂に聞く黒目・黒髪の男か。」

カイは何も答えなかった。

「妙な力を持ってるってな。超能力者か?」

「…そんなんじゃない。」

「ふうん。お前名前は?」

「カイ。」

「俺はアルマだ。」

アルマと名乗った男は、何の気なしにごく自然に名乗った。

 

「いいのか?私と夜にこんな風に話をしていて…」

「構わねぇさ。尋問も参謀の仕事だ。といっても単にお前を見に来ただけだけどな。」

そういうとアルマは手元を光らせ、タバコを吸い始めた。

「エウターナ民族の子供をかばったんだってな。」

アルマはおもむろに切り出した。タバコの匂いがカイのところまで漂ってきた。

「面白い奴だな。何故そんな事をした?」

「その場に一緒にいたのだから当然だろう。それに彼らは私を助けてくれた。」

「ああ。エウターナ民族は優しいからな。」

そういって肺にためた煙を一気に吐き出した。カイはその言葉に顔を上げ、注意深くアルマを見た。

「リトリアはエウターナを迫害してるんじゃないのか?」

「してるさ。今のはただの個人的な意見だ。ガキの頃にエウターナに住んでたことがあるんだ。親父が鋼夫だったからな。ずいぶん世話になったよ。」

「それなのによく迫害できるな。世話になったくせに。」

「俺だってやりたくてやってんじゃねぇし、兵士の一人一人がエウターナ民族の誰を収容所に入れるとか、誰をその場に殺すとか、そういうことまで手が回んねぇんだよ。だけど収容所に入れば俺の管轄下だ。これでも鉱山で働かせるだのなんだのごまかして処刑させないようにはしてるがな。」

「…それでもエウターナ人はあんたを憎むよ。」

「分かってるよ。でもいいんだ。俺の自己満足だとしてもさ。」

アルマはタバコの火を背後の壁に押し付けて消すと、それを小さなケースにしまいポケットに戻した。

 

「迫害を終わらせようとは思わないのか?」

カイはアルマに対して敵対的な感情は少しも持たなかったが(むしろ少しばかり友好的な見方をしていたくらいだ)、それでも彼の言葉や考えに府に落ちない点があった。

「思ってるさ。だがそのためには戦争を起こさにゃならん。」

アルマはごく当たり前と言うような口調だった。カイは振り向き、アルマを見据えた。

「戦争?何故だ?」

「もう何年も前から総督は血と征服欲に憑りつかれてる。戦争で負けるかしない限り収まりそうもないからね。」

「馬鹿な…。それでは莫大な犠牲者が出るぞ。」

「他に手は無い。」

「いや、ある。」

アルマは二本目のタバコを取り出そうとして止めた。

「総督を説き伏せるんだ。さもなくば総督の地位から退ける。その後であんたでも他の誰かでも継げば済む話じゃないか。」

「そりゃそうだ。だけどな、そうやって消された人物が何人いると思う?もう命をはろうだなんて状況じゃないんだ。俺だってごめんだね。」

アルマは肩をすくめた。

「チャンスが来れば私がするよ。」

カイはごく小さな声で呟いた。

「は?何か言ったか?」

アルマに聞き返されながら、カイはマントを自分の体に巻きつけ、少し気だるそうに体勢を変えた。

「いや。それよりすまなかった。あんたに喋らせすぎた。」

「はは。じゃあ喋り過ぎついでに一つ教えてやるよ。俺の言った案は上手くいけばすぐに実現するぜ。カスタの暗号を掴んだんだ。明日にでもあいつらは動くぜ。」

カイは黙ってそれを聞いていた。

「お前の事は気に入ったよ。上手く事が進み始めたら釈放させてやるよ。」

アルマは出口に向かいながらカイに約束した。カイはなおも黙っていたが、やがて静かに眠りについた。

 

 

 

 

 

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