不意に強い風が墓地を通り抜けた。風は、目元に手をやって涙を拭おうとしたウィニーの帽子を、遠くまで飛ばしてしまった。最悪なことに帽子の行き着いた先には、リトリア人の巡回兵が二人待ち構えていた。カイはこの時になって初めてリトリア人を見たのだが、なるほど、髪の毛の色がまったく違う。帽子を追いかけたウィニーも、それを見ているリトリア兵も、お互いが自国の人間でないことにすぐに気が付いた。

「ウィニー!駄目だ!!」

ラルフは大声で叫んだ。ウィニーは帽子に向かって走り出した足に急ブレーキをかけて、カイたちのいる方へ走るために方向転換をした。なんてことだ。一番間の悪いときに、世界が動き出すきっかけがカイのもとに突きつけられてしまった。

 

 リトリア兵が追ってくる。ウィニーが急いでこちらに走ってくるのを目の端で確認すると、カイは自分にしがみついていたケイルを抱き上げて走り出した。ラルフがその前を走っている。ウィニーはまだカイの元にさえ追いつかない。カイは素早く後ろを振り返った。だが、あっと思う間もなく、ウィニーがリトリア兵に捕まるのが見えてしまった。

「ウィニー!」

カイは立ち止まってケイルを抱きかかえたままウィニーの方を直視した。ラルフもそれを聞いてすぐに同じ行動をとった。ウィニーは一人のリトリア兵に羽交い絞めの状態にされかかっていた。

「お前たちも観念して早くこっちに来い!さもないとこの娘だけ収容所に連れて行くぞ!」

もう一人のリトリア兵がカイたちに向かって、まるで少し面白がっているかのように大声で促した。ラルフは一瞬おとなしくリトリア兵のほうへ行こうとした。だが、カイは右腕でそれを制止させると、ケイルを下ろして首を軽く横に振った。そして、ウィニーやリトリア兵のほうを真っ直ぐに見据えると、静かに歩き出した。

「な、何だお前は?!エウターナ人でなくても、奴らに加担していたのだから同罪だぞ!」

カイの漆黒の髪の色を見て、リトリア兵は動揺していた。それでもカイは何も言わず、ただウィニーを見つめていた。ウィニーは必死にリトリア兵から逃れようともがいていたが、ふとカイの目に気が付くと、しばらくそれを見つめ返し、そして小さく頷いた。

「それ以上近づくな!発砲するぞ!」

何の躊躇もなく近づいてくるカイに、リトリア兵は銃を向けた。

「撃てばいいさ。」

カイは強い目線でリトリア兵を睨むと、右腕に意識を集中させた。クリフォスの右腕が、それに応えた。リトリア兵はかすかに震える手で一発発砲したが、赤い光がカイの顔の前を一瞬通過し、銃弾は塵になって消えた。リトリア兵もウィニーもラルフも、そしてケイルでさえひどく驚き、声を上げることもできなかった。カイはさらに近づいた。そして銃身の長いリトリア製の銃の先に右腕を持っていくと、銃は早くもチリチリと少しずつ塵に変わっていった。銃を持っているリトリア兵は、目をこれ以上は開かないだろうというほど丸くして汗をびっしょりかいていた。そしてウィニーを捕まえていたリトリア兵も、口をぽかんと開けて、目に恐怖の色を浮かべている。驚きながらも機会を伺っていたウィニーは素早くリトリア兵の腕からすり抜けると、カイの横を通ってラルフとケイルの所に一目散に走っていった。カイはそれを目も首も動かさずに確認すると、とうとうリトリア兵の銃に右腕で触った。

「早く!二人とも今のうちよ!」

ウィニーはラルフとケイルを、この場から早く立ち去ろうと促した。

「何言ってるんだウィニー!カイを置いてくってのか!」

「そうだよ!お兄ちゃんも一緒がいい!」

「違うわ!カイがそうしろって言ったのよ!」

ラルフはカイを見た。カイが一瞬だけこちらを見ていたような気がして、やむなくラルフはケイルの手を引っ張って走り出し、ウィニーもそれに続いた。ウィニーを捕まえていた方の兵士がそれに気付き、子供たちの後を追いかけようという素振りを少しだけ見せたが、その目の前にカイがいるために、兵士は一歩もその場を動くことが出来なかった。

「ど、どういうつもりだ?!お前はエウターナ人ではないはずだぞ!」

もはや引き金だけとなった銃を持ったまま、リトリア兵は落ち着かないようにカイに問いただした。

「そうでなくても加担すれば同罪なのだろう。私を収容所へ連れて行かないのか?」

カイは自分が思っている以上に冷たい眼で兵士たちを睨んでいた。もうクリフォスの赤い光は消えていたが、その立ち姿はとても威圧的だった。まるでクリフォスの破滅的な力が自分の中に溶け込んできたようで、カイはそれ以降この時の冷徹な表情をしないように心を抑制しなければならなかった。

 

 

 

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