外に出てみると、世界はすっかり音を取り戻していた。自分たちのいる建物群の通りの向こうから、多くの人の足音や話し声、大小様々な自動車が行き交う音がひっきりなしに続いていた。子供たちはそれぞれの帽子を深々とかぶり直し、絶えず角の先の姿無き何者かに注意を払っていた。ラルフとウィニーは常に壁際を歩くようにカイを先導し、ケイルはカイの手をしっかりと握っていた。十字路を直進、次の十字路は右、それからまた直進して、三叉路は左に行く。ずいぶん行き慣れた道筋のようだ。そうして息の詰まるような重々しい廃墟を抜けると、目の前がパッとひらけた。その場所は、手入れがされていないような一面の花畑だった。一本一本の植物がとても背が高く、カイの腰ほどもある。その中には転々と浮島のように石が並んでいた。そこは墓地だった。しかも名前の刻まれたちゃんとした墓石と、どこからか拾ってきた大きな石をただ据えただけというような墓石とが混ざり合っていた。

 子供たちは、ある墓の前で立ち止まった。名前の彫られていない少し薄汚れた墓石だ。

「かなり雑草が伸びたわね。ケイル、綺麗にしてあげましょ。」

ケイルは元気に返事をすると、ウィニーと一緒にしゃがみ込んで墓の周りの草を抜き始めた。

「これは誰の…?」

カイはゆっくりと墓からラルフに目線を移しながら尋ねた。

「ターラ兄さんのです。」

墓を見つめたままラルフが短く答えた。それから顔を上げてカイの方に向きなおすと、更に言葉を続けた。

「俺とウィニーにとっては本当の兄さんではありません。ケイルの兄さんなんです。ケイルとは年が十三も離れた優しい人でした。それから…」

ラルフは一度カイの目から目線を外して俯き一呼吸おいた。そしてもう一度顔を上げると、今度はよりしっかりとカイの目を見て言った。

「それからカイによく似た人でした。」

ウィニーとケイルが抜いた草が風で舞い上がった。

「年もそう。多分ターラ兄さんが生きていたら、カイと同じくらいの年だったと思います。顔はそっくり同じというわけではありません。なにしろ髪や瞳の色が違いますからね。でも立ち振るまいとかケイルに対する接し方とか雰囲気とか、顔も少しは似ていますし、何となくターラ兄さんをイメージしてしまうんです。ダブらせてしまうというか…。本当に今生きていてくれたらって思えてしまう人だったから…。」

ラルフは話している間、ずっと顔を上げることが出来ずにいた。

「そのターラさんは…どうして…。やはりリトリアが関係しているのか?」

カイは非情な質問だと分かっていたが、何かこの世界の平和へと繋がる鍵になるのではないかと思うと聞かずにはいられなかった。

「もちろんです。ここ数年間、エウターナ人が死ぬ理由としてリトリアが関わっていないなんてことはありません。ターラ兄さんも…」

そこまでラルフが話し始めると、ケイルは墓前から立ち上がってカイにしっかりとしがみついた。一方ウィニーは、同じく立ち上がるとカイやラルフとは離れた位置に移動した。

「ウィニーはその時の話を聞きたがらないんです。放っておいてあげてください。」

ラルフは言葉を付け加えた。ウィニーはその場にしゃがみこんで、草の陰に隠れてしまった。

「今から三年ぐらい前なんですけど、ターラ兄さんと俺たちは四人で例の廃墟の中にいたんです。隠れるのはもちろん、遊ぶのにもちょうどいい場所だったから。でもその日に限ってリトリア人が近くに来ていたのに、俺たちは全然気が付かなくて見つかってしまいました。今考えると俺たち三人は廃墟の影に隠れて見られてなかったんじゃないかって思います。でもターラ兄さんだけはしっかり見られてしまって、俺たちはとにかく廃墟の奥の奥に逃げ隠れました。追いかけてきたリトリア人は、その場に隠れている誰かが出てこなければ、この廃墟を壊滅させると脅してきました。現に持っていた銃を無差別に発砲したし、ターラ兄さんは出て行かないわけにはいかなくなりました。ターラ兄さんは最期に絶対声を出すな、いない振りをするんだって俺たちに言って…。」

ケイルはますます強くカイにしがみついた。カイは伏目がちにケイルに目をやると、その肩に優しく手をおいた。

「…それでこの墓をつくったのか。」

カイは名の無き墓石を見つめて言った。

「でもその下にターラ兄さんはいないわ。」

ウィニーが草むらから立ち上がった。

「ターラ兄さんの体はリトリア人がすぐに連れてっちゃったから、あたしたちがターラ兄さんにもらったものとか、隠れ家に残ってたものを代わりに埋めたの。それでもお墓がないよりはいいだろうって。」

ウィニーは今にも泣き出しそうな表情だった。カイは、しがみつくケイルの肩に手をおいてやることしかできなかった。

 

 

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