事態は1〜2週間で大きく様変わりした。あの日の攻撃はアルマの命令によってその日の内に中止され、カスタは苦もなく収容所を次々と解放していった。ウィニーやケイルやその家族達も解放され、他のエウターナ人と一緒にカスタ軍に引率されて帰ってきた。しかし、住家は迫害以前のようにはいかず、彼らはとりあえず例の廃墟郡とへと戻った。もちろんそこにはラルフとカイもいた。彼らが再会したのは、2人が廃墟に戻って5日経ったぐらいだったが、カイはその5日間をほとんど覚えていなかった。というのも、あの司令室でのやりとりで心身ともに力を使いきってしまっていたからで、ラルフに心配をかけまいとしていても、その目の向いていないところではぐったりと意識を失いそうに夢うつつになっていたためである。だが、その状態も5日経てば随分回復したもので、子供達が帰ってきたことには喜びをあらわに駆け寄った。

「良かった…。ずっと心配だったんだ。」

「あたしたちだってそうよ!」

ウィニーとケイルはカイに抱きついた。カイは2人を受け止めて、震える肩をしっかりと抱きしめた。ウィニーが小さな声で「兄さん…」と呟くのが聞こえた。

 

 一同は離れていたラルフに、これからどうするつもりなのかを言って聞かせていた。そしてどうやらエウターナでの住居が見つかり次第、廃墟を引っ越すということで話がまとまったらしい。それぞれの両親が故郷へ出かけていくと、子供達とカイもケイルの兄が眠る墓地に出かけていった。

 今はもう古びた帽子で髪を隠す必要もなく、晴れ晴れとした気持ちで子供達は墓に向かい合った。風はほとんどなく、爽やかな日だった。ウィニーが最初に墓の前にひざまずき、話しかけるように言った。

「あたしたち生き延びたわ。ターラ兄さん、あなたが生きていてくれたらって思わない日はなかったけど、これから何もかも良くなるような気持ちでいっぱいよ。」

「僕も!」

「俺もだよ、兄さん。」

三人が並んでそう語りかけるのを、カイは後ろから微笑ましく見ていた。

「私もこれからずっと良くなると思うよ。リトリアの新しい指揮官はとても頼りになる人だからね。」

「カイはその人のこと知ってるの?」

ラルフが振り向いた。

「ああ。独房にいた時と、その後にも色々世話になってね。」

「…その人が前の総督みたいにならないといいけど。」

ウィニーはほんの少し出会った頃のように皮肉を込めた言い方をした。しかし、前のような高飛車な部分はなく、不安そうな低い声だった。

「その総督もね、君たちが思ってるほど残忍なだけの人ではなかったよ。私が会った時には既に神経を病んでいて、まともに話し合える状況ではなかったけど、あの人はただ必死だったんだ。国と国民を守ろうってね。きっとエウターナが鉱山で豊かになればなるほど、その気持ちが強くなっていったんだろうね。リトリア人が総督についていたのも、そういうのを分かっていたからだと思うよ。あの人もおそらく最初は立派な指導者だった。だけどどこかで道を外れてしまった。狂人になってさえ、あの人は国を守ろうとしていたよ。もしその気持ちにやり方が違わなかったら、今も立派に指揮していただろうに。」

カイは総督に対峙していたわずかな時間に感じた事を、全て言葉にして子供たちに伝えた。三人はしばらく黙って考えていたが、ようやくウィニーが呟いた。

「…でもよくわからないわ。あたしはあの総督がいなくなって嬉しいと思ってるし、今も生きていたとしたら、解放されてたって絶対に許せないもの。」

「そうだね。それでいいよ、ウィニー。その気持ちは死んでいった人たちへの愛情だからね。混乱させて悪かった。ただ私は知っておいて欲しかったんだ。これから君たちが他の国と仲良くしていくには必要だと思って。」

ケイルはふとカイの方を向いて、クリクリした目を不思議そうにさせていた。

「お兄ちゃん、どこか行っちゃうの?」

ラルフとウィニーもほぼ同時に振り返った。

「…ああ。残念だけど。」

「でもどこへ?他の国を見て回るんですか?」

「いや…もっと遠くだ。それ以上は私にも分からない。」

「でも…でもまた会えるんでしょ?」

ウィニーの言葉にしばらくカイは黙って考えていた。その黒い目でどこともなく見つめている様子に、三人の子供は彼の次の言葉を待っていた。

 

 

 

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