カイはようやく口を開いた。その口元には柔和な笑みが見られた。

「思えば最初に会ったときから≠からないと言ってばかりだね、私は。でも今、私が知っていることを全て話すよ。信じられないかもしれないけど。」

カイはその場に腰を下ろした。そして同じように座った子供たちに、「世界」と言う概念があること、自分がその世界を回って争いを食い止めなければならないことを話した。

「いつからそうしてるの?」

ウィニーが聞いた。

「さあ。それもよく覚えていない。¢Sても世界が平和になったらという約束、その約束を誰と交わしたのかも分からないけど、とにかくその約束で私は目覚めた。その後も頭に響いてくる同じ声に導かれてやってきたんだ。その声の正体は分からない。だけど色々教えてくれたよ。私の力のことも、私がそれぞれの世界で何をすべきかも。」

「戦争を止めるってことですか?」

今度はラルフが尋ねた。ケイルは話の内容の半分くらいしか分かっていないようで、話し手の顔をキョロキョロと見回していた。

「そうだ。だけどそれだけじゃない。声は争いを止めるために、世界の本当の姿を見極めろと言った。ごらん。」

カイはマントの下から右腕を出し、まず肩口を見せた。

「これは前にいた世界の姿だった。キムラヌート、意味は物質主義。生活水準の向上を求めるがゆえに、戦争を繰り返す世界だった。そしてこの世界の姿はこっちだ。」

カイは肘のやや下の右腕の内側を見せた。3iという虚数の浮かぶ球体は、今は随分はっきりし、その枠内に【シェリダー】という文字を浮かび上がらせていた。

「シェリダー、意味は拒絶だ。自国リトリア以外の全ての国の存在を恐れて、迫害や戦争ではねつけていた総督の心そのものだったんだ。」

「このセカイ=総督だったってこと?」

ウィニーが少しムッとしたように言った。

「いや、そういうわけじゃない。ただ総督がこの世界の争いの根源だったからね。世界の本当の姿を知ることとは、戦争に秘められた真意を知ることだから、どうしても首謀者の心そのものになってしまうんだ。」

「そう。」

優しく自分を見つめて説明しているカイに、ウィニーは笑顔で返した。

「僕たち、もう隠れたり逃げたりしなくていいの?」

ケイルはカイに右腕に触れながら聞いた。

「そうだよ。こうして世界の姿を私の右腕に収めたからもう大丈夫だ。だけどこれからどうなるかは君たち次第だよ。」

カイがそこまで言うと、クリフォスの右腕は仄かに光り始めた。そして赤い光に包まれて、カイは自分の意識が少しずつながらも薄れていくのを感じた。世界の姿を見極め、争いを終えて、彼の果たすべき役目はこの世界では終わったのだ。ラルフは反射的にケイルを右腕から遠ざけた。しかし何度も見てきた光とは違う様子に、戸惑いながらも後ずさりはしなかった。

「カイ…これは?」

ラルフの言葉に、カイは虚ろになり始めた意識を再び呼び覚ました。

「もう行かなくては。この世界での私の役目は終わった。次の世界に行くよ。」

「待って!もう少しだけここにいて!あたしたちまだエウターナに帰れていないわ。まだ…不安なの。」

ウィニーは涙目だった。カイは伏目がちに微笑んで首を横に振ると、ウィニーの頭を優しく撫でた。ウィニーは子ども扱いされるのは嫌いなはずなのに、カイにされるのだけは別だった。そういえばターラ兄さんも同じだった。ふと見上げたカイの顔に、慣れ親しんだ兄の存在を浮かべ、ウィニーの頬を涙がつたった。その側でうらやましそうにしていたケイルの頭も同様に撫で、最後にラルフに微笑みかけて頷いた。誰も何も言わない時間だった。子供達はそれ以上別れを惜しむことをしなかった。カイを死んだターラと重ねていたから、惜しむどころか最初から別れているようなものだったからだ。

 カイはどんどんまどろんでいった。そして最後にやっとのことで目をこじ開けると、ケイルが年上の友人の間で手を振っていた。ケイルがいつまでも手を振るのを止めなかったため、カイもずっと手を振らなければならなかった。

 

 

 

 

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