森の入り口にはラナが立っていた。森の奥を見つめ、落ち着かないようにキョロキョロフラフラしていた。

「ラナーッ!!」カイは叫んだ。

「カイ!」

不安そうな顔でラナは振り返った。森は煙を上げ、バキバキという音が奥から聞こえてくる。

「何があった?!」

「わからないの。ここからじゃ何も見えなくて・・・」

ラナは涙目になって震えていた。森の中ではまた轟音が響いた。

「行こう!」

来るときにはラナに先導されていたカイが、今度は前を走った。道がわかっているわけではない。しかし、木々がカイを避けるように何かに導かれていた。波打つ地面も、突き出た木の根もカイにとっては障害にならなかった。木の焼ける匂いが鼻を付くたび、轟音が繰り返し鳴り響くたび、カイの右腕が内側からズキズキと痛み始めた。

 

 何かが木々を押し倒して進む音が一段と近づいてきたとき、カイの目の前にMARK2と書かれた鋼鉄の装甲車が姿を現した。カイが横道から出てきたせいだろうか。向こうはまだこちらに気づいていない。

「うわっ!何これ?」

やっとカイに追いついたラナが、息を切らしながら聞いた。

「・・・戦車だ!」

カイはそれを初めて見たような気がしなかった。その鋼鉄の車体は銃弾を跳ね返し、上部に設置された太い筒からは砲弾が放たれ、そして車体を支えるキャタピラはどんな道をも制するという知識が、カイの頭のどこかに既に備わっていた。まるで無くした記憶の代わりとでもいうように。

「あ!そっちはダメ!カイ、村が・・・」

ラナは戦車の行き先を見抜いて、カイにすがりついた。カイははっとして、村への近道を急いだ。

 

 村は既に半分以上が焼けていた。村人たちはどこかへ避難したらしく、人影のない村を数台の戦車が我が物顔で通っていた。カイは、家を押し潰しかけていたその中の一台の前に飛び出した。

「待て!お前たちはシェオル王国のものだろう?!何故この村を襲う?!」

戦車はカイを無視するように、ギリギリまで近づいてきた。カイはそれでも微動だにしない。すると、中なら指揮官と思しき人物が顔を出した。

「またか。今度は何の用だ?」

「何故この村を襲うのかと聞いている。」

カイは見上げたが、戦車が近づきすぎて指揮官の顔はよく見えなかった。戦車の上からもカイが見えなかったのだろう。戦車は数m後退した。髭を生やし、不健康そうに痩せた男はオホンと咳払いをした。

「この村が共和国軍の者を匿っているとの情報があったのだ。国王陛下は新しい兵器を使って攻撃せよと命令なさった。」

「この村に兵士などいない!」

カイは将軍の部屋にいたときのように、拳を握りしめて叫んだ。

「いなくても同じ事だ。この村は共和国に使者を送った。疑わしきは罰せよとのご意向だ。」

共和国への使者・・・。カイのことだ。どこかから見られていたのか。この村を巻き込まないつもりだったのに。

「カイ・・・」

ラナはいつの間にかカイの後ろに隠れていた。

「何故・・・何故シェオル国王は戦争をやめない?報復の繰り返しなら、いつでもやめられる戦争だろう。」

カイは同じ質問を国王軍の指揮官にもしてみた。もしかしたら聞き入れてくれるかもしれない。

「国王陛下は戦争の継続をお望みだ。」

指揮官ははっきりと言い切った。

「そんな!?どうして?!」

カイより先にラナが声を荒げた。指揮官はちらりとラナを蔑むような目で見たが、すぐにカイに視線を戻し、まるでその言葉をカイが発したかのようにカイに答えた。

「戦争を続ける事で、我が国の産業や工業を始めとする経済活動が急速に向上するのだ。国民の経済面・生活面が共に豊かになり、国王陛下はそれを大変お喜びだ。」

「無くすもののない国王はそれでいいかもしれないが、犠牲を払う民衆の気持ちはどうなる?!生活水準で人の幸せは計れないぞ!!」

ゾルディブ将軍と同じ発言をする痩せた指揮官にカイは怒鳴った。何の為の戦争だ・・・。何の為に払う犠牲だ・・・。それではまるで・・・

「死に損だわ!そんなの!」

カイの思考にラナの言葉が加わった。それまで淡々と話していた指揮官はとうとう怒って声を張り上げた。

「だまれ!辺境に住む貧乏人の小娘が、陛下の政策に口出しする気か!!思い知れ!!」

まっすぐカイに向けられた砲台の奥が光った。カイははっとしてとっさに左手でラナを突き飛ばし、右手を自分の前にかざした。カイは初めて気が付いた。光っている。砲台ではなく自分の右腕が。あざと同じように赤い光がカイの右腕にまとわりついている。そう思った瞬間、周りの時間が凍りついた。倒れるラナ、そしてカイめがけて放たれた砲弾、そのどちらもがまるでコマ送りのようにゆっくりと動いている。ただカイだけが、いや、カイの右腕の光だけが、本当の時間の中で動いているかのように激しく波打っていた。

―その右腕は邪悪の樹(クリフォス)の右腕・・・

またカイの頭の中に声が響いてきた。前よりももっとはっきりと。

〈クリフォス・・・?〉

―その右腕は君の宿命。そして闇の象徴・・・

〈闇・・・?何のことだ?〉

―その十個の球体・クリファにはそれぞれ意味がある。君はそこから見出さなければならない。それぞれの世界の本当の姿を・・・

〈本当の・・・姿?〉

声はそれっきりまた消えていった。次の瞬間聞こえてきたのは、耳を劈く轟音とカイの名を呼ぶラナの声だった。時間が元通りに動き出している。砲弾はもう目の前まで来ている。しかし、砲弾はカイに当たらなかった。カイに限らず、その周辺のどこにも当たらなかった。砲弾がカイの一寸先で消えたからだ。一体何が起きたのかは、その場にいた誰にもわからなかった。ただ砲弾はカイの目の前で、塵とも砂ともつかないものに分解され、空気中に溶けていくように無くなっていった。

「んな、何が起きた?」指揮官は明らかに動揺していた。

「わ、わかりません!ゲイナー元帥!ただ砲弾が消えたとしか・・・」

戦車の内部にいた部下が見たままを答えた。カイにも何が起きたのか完全にはわからなかった。しかし、彼らはカイを恐れていること、右腕の力を使えばこの村から戦車を追い出せるかもしれない事をカイは確信していた。カイは光り続けている右腕を携えたまま、静かに戦車に近づいていった。

「今すぐここから撤退しろ。この村は共和国にもお前らの国にも加担しない。それでもこの村を襲うというのなら・・・」

カイは右腕を砲台に伸ばした。赤い光に当てられた砲台の先端は、砲弾と同じように塵になって消えた。ゲイナー元帥はヒッだかウッだとかいう小さな悲鳴を上げ、その場を取り繕うように怯えた目に不気味な笑みを浮かべながら言った。

「わ、わかった。今すぐ撤退しよう。そ、それでいいんだろう?」

カイはその言葉には答えず、ただ睨みつけていた。元帥は顔をさらに歪めて、村に侵攻していた戦車全てに撤退の合図を出した。カイはその場に立ちすくみ、来た道を帰っていく戦車を見ていた。そして最後の一台の影すら見えなくなったとき、カイは力が抜けるようにしゃがみこんでしまった。ひどく息が切れ、汗をびっしょりかいている。将軍の部屋から全速力で村まで走ってきたときよりも、ずっとカイは疲労していた。

 

   

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