ラグは何か深く考えていた。戦争のことを教えてもらうどころか、村を追い出されても文句は言えないとカイは覚悟した。しかし、

 

「わかった。君に一通り教えよう。だが、詳しくは教える事はできない。俺もそれほど森の外と通じているわけではないからな。それでもいいかい?」

 

「ええ。お願いします。」

 

ラグは大きく息を吐いた。一度頭の中を整理して、言葉を選んでいるようだった。

 

「ここに住む人間は大きく二つに分かれるんだ。俺たちみたいな辺境に住む田舎者と、ちゃんとした国に住む国民だ。シャリト共和国とシェオル王国っていう大きな国が二つあって、それぞれが軍隊を持ってる。この二つは昔っから仲が悪くてな、何かって言うとすぐいざこざが起きてたんだ。今戦争をしているのは、もちろんこの二つの国家だ。きっかけは確か・・・どっちかの要人をどっちかが暗殺したとかだったな。それからは仕返しの繰り返しだよ。いい加減やめりゃあいいのにな。」

 

ラグは最後に本音を漏らした。

 

「仕返しだけで続いている戦争なら、何故終わらないんです?」

 

「さあな。都会のお偉いさんが何を考えてるかなんて俺にはわからねぇよ。」

 

ラグは立ち上がって家の外へと出て行った。騒がしくなってきた家の前を静めに行ったようだ。カイはその場に座り込んだまま思い出だそうとしていた。記憶の奥に眠るあの約束を。―もしも全ての世界が平和になったら・・・一体どうなるのだろうか。カイはその先をやはり思い出せない。それでもそれが約束で、与えられたものなら、彼はやるしかないと思った。目の前の課題を少しずつでも消化していけば、真実が見えてくるかもしれない。

 

「ったく。ちぃっとばかしイイ男が来るとすぐこれだ。」

 

ラグはふてくされて戻ってきた。

 

「ラグ、軍隊の要人に会うことはできないだろうか?」

 

「何だってぇ?!」

 

突然切り出したカイの言葉にラグは耳を疑った。

 

「お偉いさんに会ってどうしようってんだ?!」

 

「この戦争をやめるようにと話してきたいんだ。」

 

「やめるようにって・・・。そりゃいくらなんでも無謀だ。ちょっと口が滑っただけでも殺されちまうぜ。やめといた方がいいって!」

 

「余所者の私なら、たとえ口が滑ってもこの村に迷惑がかかることはない。」

 

「でもそういう・・・」

 

「そういう問題じゃぬぁーい!!」

 

ラグの言葉を遮って、ラナが血相を変えて家の中に飛び込んできた。カイは目を丸くしてラナのほうへ振り返り、ラグは「そういう・・・」といいかけた口のままやはりラナを見ていた。

 

「ラナ!お前盗み聞きしてたな!」ラグは怒鳴った。

 

「だってカイはあたしが連れてきたのよ!」

 

ラナはそういうと勢いよくカイを見た。

 

「カイもカイよ!余所者だからとかそういうことじゃないでしょ!!そりゃ会ってから短いけど、だからって行かせたら見捨てたも同然だわ!そんなことできない!」

 

家に飛び込んできてからラナの息は上がりっぱなしだった。ラグもラナの言葉に賛成している。カイは一度目を閉じ、そして柔和な顔でラナを見た。

 

「私は君に助けられた。だから見捨てることができないのは私も同じだ。兵器の開発が進んでいるなら、いずれこの深い森も攻略されてしまうだろう。そうなる前に止めたいんだ。今なら間に合うかもしれない。」

 

「でもカイに何ができるって言うの?戦争の事情もよく知らないくせに。戦争なんて始めた方が終わらせればいいのよ!勝手に始めておいて誰かに止めてもらおうなんてふざけてるわ。だからあたし達の村は森から出て戦争に関わろうなんて絶対にしない。わかるでしょ?」

 

「確かに戦争に介入しないのは利口な考え方だ・・・。だが、利口なことが正しいとは限らない。君達が戦争を否定している限り・・・。」

 

「・・・どういう意味?」

 

カイはラナに言葉を返さなかった。ラナは少し困惑していたが、ラグは何かを納得したように顔を上げていった。

 

「交渉しに行くのなら、せめてシャリト共和国の方へ行くといい。絶対王政の王様より、戦いをよく知っている将軍の方が話を聞いてくれるだろう。」

 

「父さん!」

 

「カイ、俺たちは戦争には関わりたくない。この村のためにもな。だが、戦争が終わってほしいとも思ってる。君に全てを押し付けるようで悪いが・・・」

 

「いえ・・・。」

 

この村のため、というよりもカイ自身の為だった。カイの記憶のため。戦争を終わらせて全てが明るみになるのなら、でき得る限りのどんな手を尽くしてでも、とカイは決意した。カイの右腕がまた少し痛んだ。

 

「とにかく今日はもう休むんだ。家の横に使ってない離れがあるから、そこなら好きに使っていい。国に出るには獣道を通るから体力を回復させておけ。それに将軍に会えるように手を打たなくてはな。」

 

カイは軽くお辞儀をして立ち上がり、家の外に出た。何人かの村人がカイを見て何か囁きあっていたが、カイは気にせず離れに入っていった。

 

 

離れはラナの家や他の家よりも少し古いもののようだった。西日が家の中に入ってきてカイを照らし、カイは改めて自分の右腕を見た。赤いあざのようなものは手の甲から肩の辺りまで続き、腕全体に巻きつくように模様が描かれている。十個の球体とそれをつなぐ二十二本の線。球体にはかすかに〔1i〕〔2i〕・・・と番号がふられている。

 

―その右腕は・・・

 

カイははっとして辺りを見渡した。誰もいない。はっきりと誰かの声を聞いたと思ったのだが・・・。カイはため息混じりに再び右腕に視線を戻した。

 

―その右腕は君の宿命・・・

 

それは耳から聞こえた声ではなく、頭に、そして心に響いてくる声だった。カイはかすかに震える左手で右腕に触れた。

 

―うまく使えば、どんなものからも君を守る力強い味方になる。だけど間違って使ってしまうと、君をどんな絶望よりもさらに深いところへ陥れる敵になる。その力がどっちに転ぶかは君次第だよ。そうしていつか・・・・

 

声は消え入るように聞こえなくなった。これがカイの記憶の一部なのだろうか。カイは壁にもたれかかった。すると睡魔が彼を襲ってきて、離れの中の簡易的なベッドに移る間もなく、カイは深い眠りに落ちていった。

 

 

 

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