村の人たちは、老人や若い人たちを中心に、その半数はカイに対して友好的だった。何かしら食べるものを持ってきてくれたり、カイの古びたマントを繕ってくれたり、カイが離れから一歩も外に出なくとも何の不自由もないほどだった。カイはそのお礼とばかりに手先の器用さを生かして、村の日用品を作る手伝いや、細かい修理などをしていたが、実のところこういった人たちのカイに対する信用は根拠の薄いもので、≠アんな森の深くに来るなんてきっと理由があるに違いない、そしてその理由が悪いことのはずがないという連想によるものだったため、村の屈強な男達はカイを遠くからまるで監視しているかのような眼で見ているだけだった。そのためカイは友好的な村人の世話に甘んじて、極力外へ出ないようにしていた。

 

 

 そのようにして数日を過ごしていたから、ある朝カイの元に来たラナの様子がどこか落ち着かなかったことに、カイは容易に気が付いた。

 

「カイ!起きてる?」

 

ラナはいきなり離れの中へ入ってきた。尤も、家の出入り口に厚手の布をたらしただけのこの村ではノックする習慣などないのかもしれない。

 

「ご飯持ってきたの。食べる?」

 

「ああ、ありがとう。」

 

ラナが持ってきたのはパンのようなものだった。薄い生地の上に何かトロリとしたものがかかっていた。食べてみるとそれはとても甘くて、何かの蜜なのだろう。カイはそれほど食欲はなかったが、胃の中が空っぽだったのでラナが持ってきた分を全てたいらげた。

 

「あのね、カイにまだこの村を案内してなかったでしょ。だから今日どうかなぁっておもったんだけど。まぁ、それほど広い村って訳じゃないけどさ。」

 

ラナはそわそわしていた。きっとラグの言っていた将軍に会うための手立てに何か動きがあったのだろう。カイは自分の決意を変える気はなかったが、ラナの言葉に同意して立ち上がり、一緒に離れの外へと出て行った。

 

 

 外はとてもいい天気で、初めてこの村に来たときよりも一面がよく見渡せた。村の人たちはそれぞれ朝食の準備をしたり、森へ出かける用意などをしていて忙しそうだったが、カイが近くを通ると手を止めて挨拶をしたり、しばらく見つめたりしていた。

 

「この村はね、もともと八家族で生活していたんだけど、生まれた子供がご近所さん同士で結婚したりして今は二十二家族いるの。だから小さい村だけど、井戸とか倉庫とか一通りちゃんとあるのよ。」

 

ラナは村と森の境を沿うように歩いてカイに説明した。すると、その様子を見て村のほうからよく似た二人の少女が走ってきた。見覚えのある顔だった。二人の少女がよくカイのいた離れを日に何度も覗きに来ていたのを、カイは思い出した。

 

「おはよう、ラナ!珍しいわね。この人を連れて外に出るなんて。」

 

「いつも離れにいたのに、今日はどうしたの?」

 

少女たちは息もつかせぬ勢いで一気に喋った。

 

「ちょっとね、まだ村を案内してなかったなって思って。カイ、この二人が双子の姉妹で、姉のトマと妹のトナよ。」

 

ラナが双子の紹介しかしなかったのを見ると、どうやら双子の姉妹はカイの名前を既に知っているらしい。ラナより色素の薄い長い髪のトマ・トナ姉妹は、ぽかんと口を明けてカイを見ていた。カイが急に黙った姉妹を不思議そうに見ていると、また二人のお喋りが戻ってきた。

 

「遠くで見てたよりずっといい男だわ。」

 

「本当に。」

 

姉の言葉に妹が相づちを打った。

 

「そ、そうなのか?」

 

カイは少し照れた。

 

「色白だし。」

 

「うん。」

 

「黒髪だし。」

 

「うんうん。」

 

「背が高くてスマートだし。」

 

「そうそう。この辺の男の人とはぜんぜん違うよね。」

 

双子の姉妹が交互にリズムよく喋る様子に、カイは少し目が回る思いがした。

 

「ねぇ、ラナ。森の北側にはもう案内したの?」姉のトマがラナに聞いた。

 

「まだだったらあたしたちも行きたいなぁ。」妹のトナが姉の言葉に付け足した。

 

「いや、まだだけど・・・」

 

ラナの言葉の途中で、ラグが四人のもとにやってきた。ラナは父親の様子に少し困惑したような表情を見せた。

 

「カイ、ここにいたのか。ちょっと家に来てくれ。ラナも一緒に来なさい。」

 

ラグに呼ばれて家に行くと、彼は一枚の紙をカイに手渡した。

 

「これは?」

 

「何年か前にシャリト共和国の将軍に呼ばれたことがあってな。その時は無視したんだが、一応召集状だけはとっておいたんだ。多分これを持っていけば将軍に会えるだろう。」

 

召集状はヨレヨレになってはいたが、かつては立派だった面影を紙の金の縁取りに残していた。

 

「しかし、これを持っていけばこの村が共和国側に加担したことになります。」

 

「それでもいいさ。そりゃ戦争には関わりたくないが、自分の手を汚さずになんてことはしたくねぇ。持って行ってくれ。」

 

カイは召集状を見つめて躊躇した。

 

「なぁに、俺たちには森がある。何かあったら森に帰ってくればいい。そうだろ?」

 

ラグはすれ違いざまにカイの肩を軽く叩き、カイの後ろに隠れるように立っていたラナの方へ歩いていった。不満そうにうつむいているラナの肩にラグは手をかけた。

 

「森の南側へ抜けて、カイをシャリト共和国の入り口まで送ってやれ。いいな。」

 

「・・・うん。」

 

ラナは父親の言葉に頷いて家の外へ出て行った。カイは召集状を大事にしまって、洗い上がって少しきれいになったマントを羽織った。

 

「では、行ってきます。」

 

「気をつけてな。ま、あんまり気負わずに気楽に行って来い。」

 

ラグは自分の息子に話しかけるようにカイを送り出した。

 

 

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