「あの・・・ね。」
ラナが覚悟を決めたように口を開いた。言いづらいときや慎重に言葉を選んでいるとき、ラナは必ずあのね”で話し始める。
「本当はもっと早くカイと会って話がしたかったんだけど、なんか顔合わせづらくて、トマとトナについてきてもらってたの。本当にカイに言いたいこと言うまでそばにいて会話をつなげてって言って。」
「私に言いたいこと?」
カイはラナをまっすぐに見た。ラナはうつむいたままためらいがちに手を動かしたが、上目遣いにカイを見て、そのまま顔を上げて話し始めた。
「戦争を・・・止められないかしら?」
「ラナ・・・」
「父さんが死んで初めて気づいたの。家族を亡くすってこういうことなんだって。共和国の人も王国の人も、二十年以上こんな思いをしてたのね。あたし、自分の家族さえ無事ならそれでいいって思ってた。戦争に巻き込まれない限りは裏で何を批判してもいいって。でも違うわ。あたし平和主義者になんてなれないけど、生きてる人の生活のために誰かが犠牲になるなんて間違ってると思う。ね、カイ。どうにかならない?」
カイはラナの言葉がうれしかった。戦争を止めたいという気持ちを誰にも伝えられなかったと思っていた。でも目の前の少女は違う。彼女なりの正義感で何とかしたいと願っている。この世界のたった一人の理解者。けれどこれで絶対に何とかできるとカイは不思議と確信していた。
「できない事は・・・ないと思う。」
カイは真剣なまなざしのラナに言った。
「本当に?!」ラナの顔がぱっと明るくなった。
「共和国の将軍も王国軍の元帥も、戦争を止めろという言葉には冷静だったのに、国民の事になると激情した。おそらく彼らも本当は気づいているんだろう。豊かな生活のために戦争をするのは無意味だと。ただ、止めさせる事ができるかというと・・・難しいだろうな。」
ここ数日空っぽだった脳が嘘のように、カイは様々な事に考えをめぐらせた。
「どうして難しいの?」
「お互いに先に戦争を放棄すれば相手国に占領されると思ってる。まぁ、実際そうなるだろうけど。豊かな生活のための戦争は既に終わって、今は占領されないための保身の戦争になってしまってるんだろうな。」
カイは一点を見つめながら、浮かんでくる考えをすばやく言葉に変換した。
「それじゃあ二つの国が同時に戦争を止めればいいのね?!」
ラナは自信満々に答えた。カイは呆気にとられたように目を丸くした。ラナがこれぞ名案とでも言うかのようにニコニコしているのを見て、カイはふっと笑みをこぼした。
「まぁ、それはそうだが・・・」
カイは右手を口元に当てた。その時カイは軽く目をつぶっていたから、最初にそれに気が付いたのはラナのほうだった。
「あれっ?」
ラナは目を瞬かせた。
「カイ・・・右腕が・・・ひ、光ってるよ。」
ラナの言葉にカイはあわてて自分の右腕を見た。確かに赤く光っている。でもこの前ような強く攻撃的な光り方ではない。淡く、優しいというわけでもないが仄かに光を帯びていた。
「な、何故だ・・・?」
カイは右腕を目線の高さにかざした。木の葉が一枚落ちてきてカイの右腕に当たったが、木の葉は原形を留めたままカイの足元に落ちた。ラナは辺りを見渡し、手ごろな枝を見つけると、それでカイの右腕をつついてみた。枝にも変化はなかった。
「これって物を塵にしちゃう光・・・でしょ?」
「ああ。でもこの前とは違うみたいだ。」
「一体何なの?」
ラナは枝を投げ捨て、そっとカイの右腕に触れた。そしてよく見える位置まで右腕を下げさせると、右腕にかかっていたマントを少しめくってみた。
「クリフォスの右腕だ。」
カイは自分の腕を左手で撫でるようにしながら呟いた。
「クリ・・・フォス?」
「私の宿命だ。球体に秘められた意味・・・。私はこの力を使って見出さなければならない。世界の姿を・・・。」
「セカイ?セカイって何?」
「え?」
カイはラナの意外な言葉に驚いた。記憶の中の約束でも使われていたし、当たり前のように考えていた$「界“という言葉。ラナたちにその概念はないのだろうか。
―世界は・・・・
声が頭の中に響いてきた。かすかに、しかしはっきりと聞こえてくる声。久しぶりに聞こえてきた記憶の手がかりに、カイは集中した。ラナのカイを呼ぶ声ももはや耳に入らなかった。
―・・・それが君の使命だ。約束を果たすための。
「・・・そうだったのか。」
全てを聞いたカイは自分に与えられたものを理解した。
「カイ・・・?どうしたの?」
ラナは訳がわからないという顔をしてカイを見つめていた。今聞こえた真実をラナに話していいものだろうか。突拍子もない話だった。信じる・信じないを別として、ただ不安にさせるだけなんじゃないか。
森に再び轟音が鳴り響いた。考え込んでいたカイも、不思議そうにカイを見つめていたラナもその音に心底驚いた。聞き覚えのあるそれは、間違いなく王国軍の戦車のものだった。
「まさかまた森に?!」
ラナは顔に手を当てて動揺していた。
「いや、違うだろう。もっと遠くだ。あっちの方向の。」
カイは立ち上がって森の向こうを指差した。轟音はその方向から二,三度鳴り響いた。
「あっちって・・・共和国の方?でもあのゴツイ乗り物って王国のじゃなかったっけ?」
「だから侵略しているんだ。王国軍が戦車を使って共和国に攻撃を仕掛けてるんだ。」
轟音に混ざって何かが崩れる音がした。おそらくシャリト共和国の厚い塀が、砲弾によって破壊されたのだろう。
「ど、どうしよう・・・カイ?」
「共和国に行ってみる。大きな攻撃なら両国の要人が現場にいるはずだ。もしかしたらラナの言ってたように、二つの国に同時に戦争を止めさせることができるかもしれない。」
「そ、それじゃああたしも!あたしも行くわ!」
ラナは勢いよく立ち上がった。真剣な眼差しは、たとえダメだといっても無駄であることを、言葉もなしにカイに伝えるものだった。
「ラナーっ!」
轟音の間に間にラナを呼ぶ声がした。広場から走ってきたのはラナの叔父だった。
「叔父さん!」
「ここにいたのか。さあ、もっと森の北側へ行こう。みんな移動し始めてるから。あんたも来なさい。」
ラナの叔父は最後にカイに対しての言葉を付け加えた。
「あたしはカイと一緒に共和国の方へ行ってみる。叔父さんはみんなを頼むわ。」
ラナはカイと共に現場に行くことを既に決定していた。
「何を言ってるんだ?!お前にもしものことがあったらどうする?!」
叔父の意見はもっともだ。しかしラナの意志は変わらない。
「叔父さん、叔父さんは父さんがそうだったように、新しい村長としてみんなを守りたいんでしょう?あたしも同じよ。父さんの子だから、父さんがしようとしたこと、今度はカイに任せないで自分でやりたいの。お願い。」
ラナは叔父の目をまっすぐに見つめて言った。叔父はラナの気持ちを察しながらも躊躇していた。
「大丈夫よ。カイが一緒だもん。この前だってカイのおかげで無事だったんだから。」
叔父が安心できるよう、ラナはこれから戦場に赴くとは思えないような笑顔で諭した。
「・・・信じていいんだな?その言葉。」
「もちろん。」
「わかった・・・。絶対だぞ。」
ラナは叔父の言葉に頷き、森の南側に向かって走り出した。カイも走り出しながら、叔父の口が「頼む」と言うのを見ていた。
続きへ→1章ー13