それからの何日間は、カイは村民から離れて一人でいた。木の上から時々広場を見下ろすと、破壊された村から資材を拾ってきて住居を組み立てる様子や、人々が助け合って食事をする様子などが見えた。ある晴れた日には、広場の中心の大きな木の根元にラグを埋葬する様子が見えた。ラナが涙を浮かべながらも笑っていたのを、カイは遠くから見ているしかなかった。結局自分のしたことは何だったのだろうか。ただ軍人と話をして人を一人死なせただけ。戦争を終わらせる、たったそれだけの意志でさえ誰にも伝えられず、もはやラナにあわせる顔もない。記憶を辿る声も聞こえてこない。どうしたらいいのかわからずに不安になっていた時はなんて良かったんだろう。カイは木の上で絶望に瞳を閉じた。
「カイさん!!」
二重音声がした。
「トマ・・・トナ・・・」
「やった!名前呼んでもらっちゃった!」
「なんか照れちゃうね。」
久しぶりに見る双子の姉妹は、どちらが姉で妹なのか区別できなかった。そしてもう一人、双子の影にラナがいた。ラナは笑っていた。
「ね、降りてこない?食べ物持ってきたの。どうせ不眠不食の不健康生活してたんでしょ?」
ラナの予想は的中していた。カイはあの日からほとんど何も食べずにいた。カイはラナのイジワルな予想にふっと笑い、座っていた太い木の枝から飛び降りた。するととたんに双子のリズミカルな会話が始まった。どうやらいつも最初にしゃべるのが姉のトマらしい。
「あぁ・・・カイさんてば痩せたねぇ」
「うん。痩せた痩せた。」
「でもそこがなんかこう・・・ね。」
「うん。そそるよね。」
「やっぱりこの辺の人とは違うよねぇ。」
「うんうん。村の男が痩せるとなんか貧弱に見えるのにねぇ。」
二人が惚れ惚れしながら話す様子は、カイの心を和ませた。
「相変わらずだな。二人は。」
カイは優しく笑って言った。
「そりゃあたしたち、村のムードメーカーですから!」
双子は声をそろえて胸を張った。そして少し赤らめた顔で二人とも顔を見合わせて笑った。
「カイ、ほら。食べて。」
ラナはカイに白くて繭のようなものを差し出した。
「これは?」
「それはタマリスクっていう木の樹液なの。空気に触れるとそういう風に白く固まるんだけど、水に入れて火にかけると元のトロトロした液体に戻るのよ。いつだったかカイの朝食にって持っていったでしょ?」
共和国に行った日の朝に食べたあの蜜のようなもの。あれは樹液だったのか。カイはそう思いながら、ラナに渡された白く固まった繭状の樹液を見た。
「固まってても溶けててもとても甘くておいしいのよ。それに食べると元気になって食欲が出るし。ね?」
「そうか。」
カイはそれを口に入れてみた。甘みは口の中に広がって、そのあと全身にも回ったかのようにカイの身体は軽くなり、ラナと双子の姉妹が持ってきてくれた食べ物を残さずに食べることができた。
それから何時間くらいそうしていただろうか。カイはこんな風に和やかに過ごすのは初めてだと思った。
「トマ、トナ、ちょっと・・・」
何か機会をうかがっていたラナは、双子に合図をした。双子は微笑みながら頷いて、ほぼ同時に立ち上がると広場の方へ戻っていった。ラナはその後姿をしばらく見つめていた
「ラナ・・・」
カイの言葉にラナは振り返った。カイは視線を落とした。
「ラグのこと、すまなかった。こんな結果を招くつもりではなかったのに・・・。」
身体が半分後ろを向いていたラナは、ちゃんと正面に向きなおしカイと対峙した。
「カイが謝ることなんてないわ。前にも言ったでしょ?あたしむしろカイは正しい事をしたって思ってる。」
ラナの言葉は一点の偽りも隠し事もない、素直なものだった。
「カイが言ってたことは本当だったのね。いつかこの森も攻略されちゃうってこと。きっと父さんも気づいてたんだわ。だからあの召集状を大事にしまっていたのよ。戦争を止めるには国に行かなきゃならない。でも村長だから迂闊に村を離れるわけにもいかなくて、そんな時にカイが来たのよ。カイのしたことは父さんがしたのと一緒。村のみんなも叔父さんも、そう言ったらわかってくれたわ。」
「叔父さん?」
「カイのこと、殴ろうとした人。ごめんね。普段はいい人なんだけど、軍のことになると周りが見えなくなっちゃうの。叔父さんのお姉さん、つまりあたしの母さんだけど、軍人に殺されたらしいの。あたしは小さかったからよく覚えてないし、その話を詳しくしてもらった事もないからわからないけど、酷かったって。」
「そうか・・・。」
しばらく沈黙が続いた。二人とも何か言葉を探すようにうつむき、木々のこすれあう音だけがやけに大きく聞こえていた。
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