北へ北へ、二人の男は川沿いに歩いて行った。途中で橋を通り過ぎた。急ぐでもなく、ゆっくりでもなく、黙々と歩いていた。その間二人は話さなかった。一人は話せるような心持ちでなく、もう一人はそんな彼に掛ける言葉がなかったからだ。そうして小一時間も歩いて行くと、砂漠が途切れて地平線に歪な形の山のように街が見えて来た。そこへ近付くのに橋を渡り(橋といってもソロラスへの橋とは違い、とても立派で重厚感がある)、それまでの砂漠とは一転した空間に足を踏み入れた。そこは砂漠を歩いて来た者にとっては緑がとても眩しく、しかしながらオアシスという言葉を当てるにはあまりにも無機質な場所だった。

 

「ここがリシャオースなのか?」

 

カイは自分のやや後ろを歩くダルに尋ねた。

 

「ええ、そうです。あの橋からこちら側がリシャオースです。」

 

少し俯いていたダルは、はっとしたように顔を上げて答えた。

 

「ですが俺はこの街のことを詳しく知りません。ベルタですらです。国際政府がどこにあるのかはよく…」

 

「大丈夫だよ。そういうのは大体分かりやすいように建てられてるから。」

 

カイはシャリト共和国の街を思いだして言った。確かにカイの思ったとおり、それと思しき建物は遠くからでも一目でわかった。しかし、そこに行き着くには街を通り抜けなければならない。ツァラトラとオルタスが顔立ち似た民族同士であったのとは異なり、リシャオースの人々はまた違った雰囲気だった。そのためダルの姿は周りの目を引いたし、カイにしたってリシャオースの人が着ないような古びた服装だったので同じことだった。それでも何とか国際政府の入口に着くと、軍事的ではないにしろそれは圧倒的な雰囲気を纏っていた。

 

「この中に入るおつもりですか?」

 

ダルは聞いた。

 

「ああ。」

 

「ですが、どうやって?」

 

「うーん…あまり考えていなかったけど、何とかなると思うよ。何よりこういうことには慣れてるからね。」

 

カイは建物を見上げたまま、少しほほ笑むように言った。

 

「国際政府がアグナ神の血がなくなったことについて何か知っているのですか?」

 

カイははっとした。そうだ、ダルには話していなかった。石油を、アグナ神の血を国際政府が取っていってしまったことを。カイは真実を口にしようとした。しかし少しだけ口を開いただけで、思い直してとどめた。万が一にでも自分の見解が間違っていたら、ツァラトラの民の誤解を増やすことになる。その場で急に聞かされることになっても、まだその方がマシだろう。

 

「…たぶんよく知っていると思うよ。」

 

カイは自分より背の高いダルを上目遣いに見て言った。

 

 

 国際政府の入口には、案の定門番がいた。カイは後込みするダルを後ろに連れ、当たり前のように近付いていった。そして門番小屋の窓を軽く叩いて、下を向いて書類を睨んでいた男の注意を向けた。

 

「なんでしょう?」

 

門番はまだ若い感じで人当たりの良い人物だった。

 

「ソロラスに関わる政府役人に会いたいのだが。」

 

「お約束がおありですか?」

 

「いや…。」

 

「でしたらアポイントをおとりください。今手続きをしていただければ、3日ほどで通りますよ。」

 

「そうしたいが、あまり長くここに滞在できないんだ。彼は…」

 

カイは少し横に避けてダルを指した。

 

「彼がツァラトラの民だから。」

 

若い門番は後方に立つ男を見やると、少し動揺した表情を見せた。

 

「しょ、少々お待ちを。」

 

門番は内線を使って内部と連絡を取り始めた。カイはごく静かに安堵の溜め息をつき、ダルはそんなカイに少し身をかがめて耳打ちした。

 

「あの…俺がツァラトラだと何なんですか?」

 

「それは…」

 

カイが言いかけた時、門番が小屋から出て来て、二人はシンプルだがとても清潔なロビーへ通された。建物の中は静まり返っていた。あんまり静かなので話すのもためらわれるほどだったが、ダルは響かない程度の声でそっとカイに話しかけてきた。

 

「先ほどの話ですが、俺がツァラトラというだけで何故入れたのですか?」

 

カイは振り向くようにして同じく小声で返した。

 

「ちょっとした賭けみたいなものだったんだ。ツァラトラは誰もこの街のこと詳しく知らないと言っただろう?それに国際政府との接触もソロラスを離れて一度しかなかったと。それが突然訪問したとなれば、かなり重要な用事だと考えられやすいし、そういう場合はアポイントなしでも内部に連絡するようになってるかもしれないと思って。…ツァラトラの名前を出してはいけなかった?」

 

カイは何か難しい顔をしているダルをみて尋ねた。

 

「いえ、そうではないです。ただ今一つツァラトラの名を出した理由に欠けるかと…。久しく訪れてなかったのが条件なら、国際政府の警備はかなり甘いのでは?」

 

その時、誰かが二人のいる1階ホールを歩いて来る音がした。見れば彫りは深いが色白く、茶色い髪のコルーク人がいる。カイはその人物から目を逸らし、今一度ダルに視線を合わせると、一段と声を落として言った。

 

「それは後ろめたいことがあるからさ。」

 

ダルはさらに言葉を続けようとしたができなかった。カイは近付いて来る人物だけを見据えている。

 

「あなた方がツァラトラの民とそのお連れの方ですね?」

 

コルーク人の男性は二人に十分近付いてから尋ねた。

 

「ええ。彼がツァラトラの神官ダルで、私は彼らの世話になった者でカイと申します。」

 

「初めまして、ダル様にカイ様。私が国際政府宗教民族部長官のジーク・ポールです。如何なるご用でお越しになったのか詳しくは存じませんが、どうぞこちらへ。私の部屋で伺います。」

 

少しカールしたような茶色いくせっ毛のジークは、そのせいで実年齢より幾分若く見える。実際には50歳近い年齢なのだが、スレンダーな体型も手伝って40歳そこそこに思えた。