森を出て共和国の門へ近づいていくと、カイはすんなりとその人の流れに紛れることができた。ラナの村の人よりも、共和国に住む人の方がカイの外見に近かったからだろう。国を囲む壁は厚さが1m以上あり、かなり頑丈に作られていた。装飾はほとんど施されてなく、軍事目的で作られたのは明らかだった。国の中は複雑に区画され、石畳の道路で道は造られ、家々は煉瓦や石などで建てられており、森の中の村とは比べものにならないほど近代的だった。人々は皆一斉にどこかへ行く様子で、見ると煙を吐く煙突と大きな工場があった。男性はやはり少ない。国に残る女性や子供たちは、見た目は健康的ではあったけれど、物悲しい雰囲気をまとっていた。カイが辺りを見渡すと、国の中心にひときわ立派で頑丈に造られた建物があった。あれが軍部か・・・。カイは人の流れに逆らってその建物に向かって歩いていった。
軍部の建物は国の中でさらに壁に囲まれ、閉じられた門の前には守衛がいた。人の往来はなく、たとえあったにしても紛れていくことなどできそうもない。カイは軽く息を吐き、心を落ち着かせて門へ近づいていった。
「将軍に謁見したいのだが。」
カイは守衛に告げた。
「約束をしておいでか。」守衛はむすっとした顔でカイを見た。
「いや。」
「ならば取り次ぐ事はできない。引き返せ。」
「待て。これを・・・」
カイは守衛に召集状を見せた。
「なんだ、これは?」
「将軍が出した召集状だ。数年前のものだが、私が預かり会うことになった。それでもだめだろうか?」
「・・・しばし待たれよ。」
守衛はカイから召集状を受け取り、内線電話で内部に連絡した。確認が手間取っているのだろうか。なかなか回答がない。しばらくして守衛が戻ってきた。
「この召集状が確かなものであると内部が受理した。今案内の者がこちらへ向かっている。その者について行き、将軍に謁見せよとのお達しだ。」
守衛はぶっきらぼうにそう言うと、通行を許可するサインをした召集状をカイに返した。そのまま待っていると中から文官らしき老人が出てきた。ようやく門が開けられ、カイは敷地内に入ることができた。
「あなたがそうかね?」
老人はしわがれ声でカイに尋ねた。
「はい。カイと申すものです。」
「わしは文官のオマリじゃ。どれ、ついてきなされ。」
オマリ老人はゆっくり方向転換し、そしてゆっくり歩き始めた。カイは一度振り返り、横目でこちらを伺っている守衛に一礼した。オマリ老人は、その時やっと扉へ続く短い階段の一段目を「よっこいせ」と上がったところだった。
ここが国内で一番立派な建物なのだろうなと、軍部に足を踏み入れた瞬間カイは思った。石でできた冷たい廊下にはカーペットが敷かれ、壁に等間隔に設置された窓には揃いのカーテンが下がっていた。木製の扉はつややかで、真鍮の取っ手は細かい装飾が施されていた。時々すれ違った軍人は皆、一礼してオマリ老人とカイに道を譲った。この老文官の地位はかなり高いらしい。二人の前方には、やがてひときわ手の込んだ観音開きの扉が現れた。オマリ老人はもはや皮と骨だけになったような手で扉をノックした。
「将軍、お連れしました。」
「うむ。入れ。」
しわがれ声に野太い声が返事した。部屋の中には、これぞ軍人とでも言うべきたくましい男性が立っていた。一寸の狂いもなく着ている軍服には十数個の勲章が輝いている。
「これはまたずいぶん若い使者が来たものだ。」
将軍はフフフと笑った。
「カイと申します。」
「ふむ。まぁ掛けたまえ。」
カイはマントを脱ぎ、将軍の示した椅子に腰掛けた。将軍はそのちょっとした時間に、何かの書類にサインをした。
「オマリ、彼の持ってきた召集状をここへ。」
カイはオマリ老人に召集状を渡し、老人は将軍に献上した。
「〈軍部に参上し、将軍に謁見せよ。シャリト共和国将軍ゾルディブ代理文官・オマリ〉か。確かに我々が発行した正式文書だ。かなり状態は悪いがね。」
ゾルディブ将軍は皮肉っぽく言った。
「君は森から来たのだね?」
「はい。」
「それは本当かね?」
「・・・どういう意味ですか?」
「私は森に住む民族を何度か目にしたことがある。彼らは一様に褐色の肌と色素の薄い髪をしていた。君はそのどちらでもない。もし君や森がシャオル王国と繋がっているのならば、然るべき手段をとらざるを得ないんだがね。」
将軍は一段と厳しい目でカイを見た。カイは睨みつけるような将軍の目をまっすぐ見て答えた。
「私はどの国や民族にも属しません。」
「ではこの召集状を何と説明する?」
「森に迷い込んだところを彼らに助けられました。私が将軍への謁見を申し出たので、族長が私に託してくれたものです。」
将軍は召集状に目をやり、顎に手を添えて「なるほど」というような態度を示した。オマリ老人は将軍のその様子を見ると、質問を一つ付け加えた。
「森に入る前はどこにいなさった?」
「おお、そうだ。それを忘れていたな。まさかシャオル王国というのではないだろうね?」
将軍は冗談っぽく笑ってはいたが、するどく核心を突いた。カイはこの質問にどう対処するか、まだ決めかねていた。記憶がないと本当の事を言って信じてもらえるだろうか。いや、それでも素性を偽って疑われるよりかはましか。村を巻き込まないこと、それが先決だ。信じてもらえずに自分が殺される方がまだいい。
「・・・わかりません。ふざけているのではなく、本当に記憶がないのです。ただ私は将軍に申し出たいことがある。それだけです。」
「ほう・・・」
将軍は納得したように、それでもオマリ老人を横目で見た。オマリ老人は頷いた。
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